四国山岳紀行 No497-130130 麻城山 (あさじょうやま) 158.0m △無
                        香川県三豊市高瀬町上麻 地図 福良見(北西)  山岳紀行トップヘ


           城山入り口案内板                         行き止まりに説明板

池谷山の登頂を終えてアクセス道入り口に出ると、少し南側に麻城跡の案内板が有ったので立ち寄って見ることにした。狭い車道をアップダウンをしながら、案内板を辿って数分走ると、車止めの先に小高い説明板の有る所に着いた。説明板には次のように記されていた。


          取り付きに有る説明板                       ねらい石と称する大門石

「麻城跡は戦国時代、麻の領主・近藤出羽守国久の詰めの城である。馬の背状の城山の最高所(168m)を天守(城のてんしん)とし、東に段下りに6つのとりで(六郭)をはしご状に配し、その前後に外郭・出郭を持ち、敵に攻められたときこの城で守る。国久は獅子ヶ鼻城主大平伊賀守国祐(豊浜町和田)の弟で、ともに天霧城主香川氏に属していた。天正年間、土佐の長宗我部元親西讃岐に侵攻の時、麻城も落城、国久も討死にした。その谷をおじか谷(横死ヶ谷)と呼んでいる。時は天正6年(1578年推定)。」


                        要所に設置された案内板

小高い丘は外郭跡とある。更に進んで行くと空堀と称する馬切、二郭跡などの表示が有り、ねらい岩のような重たい石を下から攻めてくる敵に向けて落としたのか、またここから弓矢や鉄砲を構えて狙ったのか興味深い。栄枯衰勢の歴史がここにも有ったようだ。


                       本丸の山頂は整地されている

そんな歴史を垣間見ながら進んで行くと小高い山頂に着いた。山頂は広く中ほどに「麻城跡」の石碑と「本丸」の大きな表示板が立っている。周囲は南北に開けて見通しが良く、北に大麻山、近くに傾山、朝日山などが見えている。

           山頂から傾山を望む                       山頂から朝日山を望む


          山頂から南側を望む                         北西側に五岳連山

南側には奥に財田町の竜王山、立石山などが一段と高く見えている。昔人はこのような周囲を見渡せる山頂に監視の城を構えたことが納得できる。今は科学が進んで人工衛星から世界の様子が把握できる世の中となった。山頂には蕾をいっぱい付けたアセビが春の訪れを待っているようであった。

            山頂から大麻山を望む                       春近し蕾を着けたアセビ

                               山頂から北西側を望む

《コースタイム》 R23 5分(車)→登山口 5分→山頂 5分→登山口
          駐車地 登山口 歩行時間 約10分

          難易度 ★
          爽快度 ★★
ページの最初に戻る