四国山岳紀行 No446-110206 本篠城山(もとしのじょうやま) 203m △無
                         香川県三豊市財田町 地図 福良見(南西)  山岳紀行トップヘ


                        片山地区から見た本篠城山

この山は展望台のある塔重山の西側に位置しているが、塔重山と周囲の山に隠れて平野部からは見えない。本篠地区から片山地区に入って姿を現す山である。谷に囲まれた急峻な山頂には、古来の山城址が残っていて財田町史跡に指定されている。


           橋を渡って分岐を右へ                      ここから山頂へ直登

この山へのアクセスは丸谷工業団地南の農免道路から、片山地区に進むと正面にこの山が見えてくる。集落を過ぎて谷川の橋を渡ると、道は左右に分かれる。分岐に本篠城山址と記された道標に従い右に100m程進んで行くと、カーブの手前に本篠城址と刻まれた石碑と説明板が有る。


                   山頂直下の登り 登山道は整備されていない

ここから整備されていない荒れた登山道が林の中を山頂に向かって登っている。山頂まで急な登りが続くが標高は低いので少し辛抱しよう。頂上直下のコルを越えた辺りで単独の男性が下って来た。こんな所で人と出会うとは思っていなかった。高松から来たというM氏でしばらく山の談義話をして別れる。


        平らに整地された山頂の本丸址                  南側に整地された二の丸址

頂上(主郭)は広く南北60m程、東西15m程の平らな台地となっていて、その南側を取り巻くように一段低い二の丸の台地が有って、何れもその昔人工的に整地されたものと思われる。数百年を経た今はその台地も一面に樹木が茂って自然に還っており、つわものどもの夢の跡を偲びながら往路を下山した。


                          本篠城址山頂です

登山口の説明板に、(本篠城は要塞堅固の地を生かした天然の山城で、二度の大きな戦いが繰り広げられた。延元二年(1337)には、財田左兵衛頭吉宗が北朝軍と戦い、天正六年(1578)には、財田和泉守常久が長曽我部軍と戦った。


           近くに有る伯母渕                          登山口に有る石碑

山頂には土塁、馬返し、空壕の跡などが残っている。付近には「伯母渕」「財田左兵衛頭吉宗の墓」「財田和泉守常久の墓」「東宮城主大河内佐渡守の墓」等があり、待ちの段・土釜といった地名も残っている。) と記されている。

《コースタイム》 登山口 15分→頂上 10分→ 登山口
          歩行時間 約25分 登山道 未整備踏み跡程度   
          駐車地 登山口の路肩  難易度 ★★★ 爽快度           
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