四国山岳紀行 No431-101205 高塚山(たこつかやま) 164.6m △4(赤坂)
                      香川県高松市香川町浅野 地図 高松南部(南西)  山岳紀行トップヘ


            西側から見た高塚山                         北側から見た高塚山

高松クレータ五岳の西端の実相寺山の南側に形の良い里山が有る。見る場所によっては富士形に見えたり、なだらかな山にも見えている。地元ではタコ塚山と呼ばれ、地元の人々に親しまれているようで、手軽に登れて整地された山頂からの眺望が素晴らしい。


                        登山口から山頂まで一直線に石段が続

登山口は北側に有って少し判りにくいが、防災鉄塔が見えているので、車でそこに辿り着くことができれば、後は山頂まで一直線に352段の石段が設けられており、10分ほどで手軽に登ることができる。新池神社と額された鳥居を潜り、見上げるような急な歩幅の狭い石段を焦らずに一歩一歩登って行く。


          山頂から北西方面の眺望                      山頂に二基の祠神が安置

どんどん高度が上がって実相寺山や日妻山が木の間越しに見えてくると山頂は近い。整地された広い山頂には、比較的新しい竜王神社と矢延平六神社と刻まれた二基の祠が、立派な台座の上に鎮座されていて、何れも昭和五十九年八月吉日と裏側に記されている。その前には修復記念碑が有り、履歴が刻まれている。


新池神社は江戸時代に創始される。
祭神と崇められる矢延平六は水利土木技術者で浅野一帯の水利の乏しき事を憂い有志と謀りて香東川の水を引きて川内原に陂池を築き新池と名付く
しかるに平六のかかる事業は高松城を水攻めに遷都するの讒に遭い、阿波国へ追放される。
里人はこの高塚山山頂に小祠を建てて水神を勧請し、平六の霊を慰む爾来毎年八月三日を例祭と定め、その祭事今に絶ゆること無し。
されど幾星霜を得るに及び基壇の石積み等の補修を余儀なくされるを機に浅野土地改良区が修復を計り浄財を募るよりて石祠と三度図の修理をなし鳥居を造り営む。
ここに梗概を叙し後葉に遺すものなり。
香川町浅野土地改良区 昭和五九年八月吉日 中原耕男 撰


                             山頂から南西方面の眺望

広場の中ほどには四等三角点が有り、山頂からの眺望は雄大である。北には高松市街が広がり、西には竜満の山々が眼前に、南には新池が光り、奥に阿讃山脈が霞む第一級の眺望が展開する去りがたい山頂であった。石段の登り口には水利の事業に尽くした矢延氏の墓石がこの地を見守るように佇んでいた。


                                山頂に四等三角点

《コースタイム》 登山口 10分→頂上 8分→登山口

          登山道 整備されている(石段) 歩行時間 約20分  
          駐車場 登山口の路肩  難易度 ★ 
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