四国山岳紀行 No411-091018 城山 (しろやま) 82.3m △4(城山)
                           香川県東かがわ市 地図 引田(北西)  山岳紀行トップへ


           南の郭から引田港                         東の郭から岬灯台

引田湾と安戸湾を挟んで、半島のように突き出ているのが城山で、この城山の引田城跡は戦国時代から江戸時代初めにかけて、豊臣秀吉の家臣仙石秀久などが居城した城跡であり、随所に遺構が見られる。昔は島であった陸繋島で西側で陸続きとなり、残る三方は断崖となって海に面した要害の地形となっている。山一帯は手入れが行き届いており、快適なハイキングが楽しめる。


           安土堤防から城山                          翼山から見た城山

登山口は3ヶ所あるが、一番わかり易いのは、田の浦キャンプ場前の駐車場手前から「北の郭」へのルートが有る。登山口に案内板があり、丹波丸経由で遊歩道が整備されている。今回は南側の登山口から登った。R11のJA角の交差点から北へマルナカの看板の有る県道123へ入り、城山まで少し道は複雑であるが、「田の浦キャンプ場」への道標を目当てに、城山目指して道なりに進んで行く。


                     南登山口の駐車場と登山口の案内板

南の登山口にも城山の説明板が有るが、家陰に隠れて見落としやすい。入口に山口水産の工場と田の浦キャンプ場の道標が有り、左折するとすぐ路肩に車2台ほどの駐車場スペースと案内板が有る。そこから登山道を折り返しながら登って行く。尾根に出ると眺望が一気に開けて、眼下に引田港と街並みを見ながらの快適な歩きとなる。


            西の郭の石垣                           南の郭への分岐

道標に導かれて登って行くと、狼煙台跡を経て西の郭の石垣の下に着く。石垣の上は整地された櫓跡らしい。間もなく尾根の分岐に着いた。尾根を南東へ進んで行くと、道の真ん中に四等三角点が有り、左側に祠が有る。遊歩道の奥に南の郭が有る。


           途中に有る神祠                          途中に有る三角点

尾根端に有る開けた南の郭からは眼下に、引田湾と街並みの奥に阿讃山脈が眺望できる。ここから北に谷へ下り再び登り詰めると、尾根端に有る引田灯台に着く。こじんまりとした白亜の灯台は青空に映えて美しい。灯台から西へ続く石段を上がりつめると、標高86mの広場になった東の郭に着く。


                         引田岬灯台と東の眺望

東の郭から西に進んで行くと木立の中を進むようになり、間もなく女郎島へ下るコースと、田の浦キャンプ場前の駐車場手前から、丹波丸経由で登って来るコースとの分岐に着く。今回はそちらへ行かずに尾根を進んで、最初の南郭への尾根分岐点まで戻って行く。よく手入れされた林の木立が清々しく感じられる。


                       よく手入れされた樹林と遊歩道

林の中の遊歩道を抜けると、最初の尾根分岐点まで戻ってきた。馬蹄形になったこの山の尾根を一周して来たことになる。ここからは引田港と街並みを眼下眺めながら往路を下って行った。引田城は、総石垣づくりの城であったと云われ、山頂部を馬蹄形に南の郭・西の郭・北の郭・東の郭と順に配置されている。


           眺望の尾根を下る                         要所に有る案内板

最高所の東の郭が本の丸と思われる。説明板によると、天正15年、讃岐一国の領主となった生駒親正が城主となった。 親正は讃岐一国の治府としては東に偏りすぎているため、聖通寺城へ居城を移し、天正16年に高松城の築城を開始した。 引田城は、その後も生駒氏の持城であったが、元和の一国一城令により破却された。


《コースタイム》 引田インター 10分(車)約3.5km→登山口 15分→三角点 5分→南の郭
          南の郭 10分→引田灯台 5分→東の郭 5分→北の郭 10分→尾根分岐
          尾根分岐 10分→登山口    歩行時間 約1時間  
          駐車場 登山口に有り  登山道 整備されている  難易度 ★★
 
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