四国山岳紀行 No303-050414 恵良山(えりょうさん) 302m △4(恵良山) 
                          愛媛県松山市北条 地図 伊予北条(北西)  山岳紀行トップヘ


          腰折山から見た恵良山                      頂上から浅海方面を望む

高縄半島北部は香川県北部と並んで地質的に同じなのか、礫砂のざらざらした富士型の里山が見られる。北条の北部にある腰折山や恵良山もそんな形の山である。恵良山は国の天然記念物のエヒメアヤメの自生する腰折山の東側に一段と高く端正な形で聳えている。地元では烏帽子山とも冠山とも呼ばれており、山頂には白山権現を祀った社があり、その下には河野城跡がある。山頂からはすこぶる見晴らしが良いので山城としては絶好のロケーションであったに違いない。


                      登山口の恵良神社奥の宮への石段

この山は特微のある形をしているので腰折れ山と共に、どこから眺めてもすぐそれとわかる。今治方面からは国道196号を南下して、北条に入ると最初の信号から左折してバイパスに入って、一つ目の信号を越えてまっすぐ進んで行くと小学校が見えてくる。小学校の側を過ぎて左折して最明寺を目指して行くと、手前に恵良山への道標があってそこから右に林道に入って行く。林道は大きく折り返して高度を上げて行くと、まもなく恵良神社への石段の下に着く。


                        欝蒼とした自然林の中の登り

石段の下には車三台ほどの駐車スペースがある。石段を上がると山頂にある河野城跡とイブキビャクシンの説明板が立っている。鳥居を潜って石段から登山道に変わると、道はじぐざぐに急登して行く。目を見張るのは深山のような樹林層である。カシ、カゴノキ、シイなどの大型樹が鬱蒼とした森林を形成しており、市街地近くにある山としては珍しい。ビャクシンが現れてくると整地された河野城跡に着く。


         城跡広場から北条方面                       イブキビャクシンの古木

ビャクシンの大木に囲まれた城跡は広く奥に恵良山神社参籠殿がある。市の天然記念物であるイブキビャクシンは説明板によれば、この地方では古くからイブキビャクシンは水分をよく保存する植物として大切に保護され、また河野一族がここに恵良城を構えるに当たって防風林として保護し、伐採を禁じたため、現代までこのようなビャクシンの美林が残ったという。


                     広場の参籠殿奥の鳥居くぐって山頂へ

河野氏は道前道後を支配下に治めて永代栄えたというが、今に残るは高縄山にある本城跡の高縄寺と、ここに残る支城の恵良城跡がよくその面影を残している。山頂へは参籠殿の右奥にある小さな鳥居をくぐって登って行くと、すぐ道は二つに分かて、まっすぐ進むと高さ10m余りの鎖の下に着く。左へ進めばこの鎖の上へ出られるまき道だがやや険しい。鎖の上の岩場には白山権現の社が建っている。


                         山頂の白山権現と鎖場

社の右側はちょっとした広場になっていて隅に石鎚権現の小さな祠もある。平地の奥には四等三角点が草の中に隠れるように立っていた。ここから南側の眺望は素晴らしく高縄山塊が点呼の間に見えている。さらに北側に回りこんで行くと、ケルンの積まれた社の裏の最高点に立つことができる。ここからは東側の眺望が開ける。社の前からは北条、松山方面の眺望が素晴らしい。


                         頂上と直下にある三角点

暫らく社の前の岩場に腰を下ろして眺望を満悦する。先ほど登って来た腰折山がビャクシンの梢越しに見えている。それにしてもビャクシンの大木が山頂にこんなに残っているのは珍しい。しかし山頂付近のビャクシンの梢は枯れかかっているものがあり、風衝地帯にさらされる木々の運命なのかもしれない。鹿島の沖に大型船がすべるように通り過ぎていった。

《コースタイム》 最明寺前 15分→石段下登山口 15分→城跡広場 5分→頂上 15分→登山口 10分→
          最明寺前 登山道 よく整備されている 歩行時間 約 1時間 
          車で登り口からだと約25分短縮 駐車場 石段下登山口に可 難易度 1A345
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