四国山岳紀行 No261-030112 爺神山(とかみやま)214m △3(爺神山)
                               香川県 三豊市 地図 仁尾(南東)  山岳紀行トップヘ


          西側から見た爺神山                        痛々しい姿の爺神山

かって爺神山はその形から高瀬富士と呼ばれ、讃岐七富士のひとつに数えられていたが、南側からの掘削によって、今は南半分と頂上は完全に無くなってしまい無残な姿になってしまった。きれいな故郷の山をどうしてこんなに削ってしまうのだろうか、そして北側にあった美しい形の汐木山も崩されてしまい最後の無残な姿をとどめている。予讃線の高瀬駅にさしかかると、昔この辺りの美しい形をした山々を列車の窓から眺めながら旅情を感じたものだが、今はここを通るたびに破壊された山々を見ると目を背けたくなるのは私だけでしょうか。


                         お堂裏から登山道が始る

南東側から眺める爺神山は深く削られて痛々しい姿をしている。西側から見るとまだ丸い富士形の原形を残していた。爺神山を一周する道がついており、登山口のあるお堂の下まで車で行けるようになっている。登山道は西側のお堂の裏から頂上まで良く踏まれ、整備された登山道がじぐざぐに頂上までついており、一本道なので判りやすい。


                          よく踏まれた登山道

登山道は案外急坂が続くが、その分どんどん高度を稼いで、樹木の間から眼下に勝田池や国市池などが光り、西側に七宝連山が至近距離に連なる。その東端の志保山が際立って見える。この山の植生は杜松、榊、非榊、トベラ、譲葉などの常緑樹、カシ、クヌギなどの落葉樹が目につく。40分ほどで頂上直下に「奉祀大滝龍王神」と刻まれた大きな自然石が建っている。降雨の少ないこの地方の信仰の象徴が、天に近いこの山にもあった。


          頂上直下の自然石の祠                     切れ落ちた眼下の掘削跡

登山道はここまでで、ここからは一段高くなった山頂へ踏み跡を駆け上ると風景が一変する。頂上からの開けた美しい郷土の眺望と裏腹に、破壊されたこの山の傷跡が痛々しい。東に目をやると、大麻山が高くそびえ、その西側に傾山が背伸びしている。北東には火上山から我拝師山にかけての山塊、さらに北側には弥谷山と天霧山がたたずむ。


         てっぺんの向こうは断崖                       眼下に三野町が広がる

削られた爺神山の南半分は無くなって一気に落ち込んでおり、200m下の広大な跡地に、所どころ池ができていて、ロープの張られた下を覗くと、宙に浮いたような怖さを感じる。よくもこれだけの山の土を除けたものだと感心する一方、これだけの自然破壊が果たして後世にとって幸となるか疑問である。山頂の各所も削られ、掘り返されて、もはや山頂の三角点も無くなっしまっている。(三角点は昭和61年に南東側麓にある金毘羅神社の境内に移された)




          金毘羅神社にある三角点                     眼下に国市池と勝田池

この山の大量の土は、おそらく道路や海岸の埋め立てに使ったものだと思うが、どちらにしても大した自然破壊である。先祖から受け継いだ郷土のかけがえのない自然が、一部の人間様の都合で勝手に潰されて地球が泣いているだろう、怒っているだろう。頂上からの開けた美しい郷土の眺望と裏腹に、この山の破壊された傷跡が痛々しい。何千年、何百年と受け継がれてきた自然を、たった40年という短い期間に失われた自然は計り知れない。二度と帰ってこないのだ。


           頂上の後は絶壁虚空                      北側に秀麗な山条山

あの美しい形をした山がもう二度と見えなくなったのは残念である。山麓の周りにに安置されたミニ八十八地蔵が、昔と変わらない表情で爺神山を守っているように見えた。そんなことを考えながら半分無くなった爺神山をあとにした。

《コースタイム》 登山口→45分 頂上→30分 登山口
   ◎駐車場 お堂下駐車場 7〜8台 歩行時間 75分 登山難易度 1A345 登山道 良いページの最初に戻る