四国山岳紀行 No186-991227 屋島(やしま) 292.1m △1 (屋島山)
                             香川県高松市 地図 高松北部(南東)  山岳紀行トップヘ


           五剣山からの屋島                        二ツ池からの屋島

瀬戸内海に突き出た屋島はテーブル状の溶岩台地としてひときわ目を引く。「日本書紀」 に西暦667年に屋島城が築かれたと記され、また西暦1185年に源平合戦が東麓で繰り広げられた地として有名である。五剣山を挟んでその壇ノ浦の西側に位置する屋島は、日本では珍しい台形の形をした溶岩台地の山で、昔は島であったが現在は干拓によって陸続きとなっている。

国道11号線の 「かたもと」 交差点から北へ、県道14号線を二ッ池の側を通り、坂道を真直ぐ進んで行くと登山口に着く。二ッ池からは屋島の南嶺が眼前に聳えている。登山口から石段を上がって行くと、弘法大師が祈祷したと言われる 「加持水」 の側に着く。その昔この地の人々が水飢饉で苦しんでいるので、弘法大師が祈祷を続けると、水が湧き出したと言われる場所である。


         弘法大師所縁の加持水                      食わずの梨の説明板

舗装した広い登山道は屋島寺の参道でもあり、山の西側を巻きながら更に登って行くと 「食わずの梨」 という場所に辿り着く。屋島に大師が来た時のこと。屋島の麓に大変けちんぼうな甚兵衛爺さんが住んでいた。爺さんの所には大きな梨の木があり、大変おいしい実がなっていた。
長旅で疲れて大変喉が乾いていた大師は、この梨を一つ譲ってくれないだろうかと頼むと、けちんぼうの甚兵衛爺さんは「気の毒じゃがうちの梨は固くて食べれんのじゃ」と嘘をついて、大師がどんなに頼んでも梨の実をあげなかった。

大師が去ったあと、爺さんは「ああ、損をするところじゃった」といいながら、梨を取って食べようとした、ところがあのおいしかった梨は、全部歯も立たない固い梨に変わっていたという。そんな伝説の場所である。側には大師像と石仏が祀られていた。


           畳石と称する奇岩                          参道を登って行く

ここから更に葛篭折れを繰り返しながら登って行くと、 「畳石」 という所に着く。まるで切り取ったような形をした岩が露出しており、自然の造形に感心する。クヌギやコナラの多い道を登り詰めて行くと、屋島寺の仁王門の前の石段に到着する。ここから右にケーブル頂上駅に向かう途中の松林の中に、屋島南嶺の三角点がある。


                      階段を上れば屋島寺仁王門に着く

仁王門を潜り四天門を抜けると屋島寺の本堂に着く。天平勝宝6年(754)唐から遥々来日した鑑真和上が、ここを通ると屋島の山上に瑞光が見えたので船をとめて屋島の北嶺に登り、仏像や経典を納めて開基した。のちに弟子の恵雲師がこの地に堂宇を建て初代の住職となり、弘仁6年(815)この地を訪れた弘法大師は、瑳峨天皇の勅願により北嶺にあった伽藍を南嶺に移し、十一面観音菩薩像を刻んで本尊とし第84番の霊場に定めた。


                        南嶺にある一等三角点

室町時代の再建と伝わる朱塗りの本堂は本尊の千手観音座像と共に、国指定の重要文化財となっている。本堂の右手には蓑山大明神があり、四国狸の総大将・太三郎狸を祀り、屋島本尊千手観音の御申狸として善行をつむため、屋島に異変があるとき、事前に住職に知らせたという。家庭円満、縁結び、水商売の神様である。また本道の左手にはモダンな建物の屋島寺宝物館があり、平安時代の薬師如来坐像や源平合戦の遺品など寺宝を展示している。


                        屋島寺本堂と蓑山大明神

四天門まで引き返して売店の前を過ぎると、開けた西の展望所に着く。北側には屋島の北嶺が肩を張り、眼下には瀬戸内に浮かぶ島々と高松市街が一望できる 「獅子の霊巌」 と称する、この山の三大展望所の一つである。遊歩道は城跡を過ぎて水族館前を通って駐車場に至る。駐車場の上の売店の裏には源平合戦の折、源氏軍が血刀を洗ったと言われる 「血の池」 がある。


          獅子の霊巌からの眺望                       源平合戦所縁の血の池

更に林の中の遊歩道を行くと、五剣山を背景に壇ノ浦が一望できる東側の、この山の三大展望所の一つの 「談古嶺」 展望所に着く。北嶺への案内板に従って北に進むと、北嶺標柱の立つコルに着く。ここから更に北へウバメガシの多い遊歩道を進んで行く。歩道歩きは変化が無いので途中から山道に入って行く。ほどなく残された自然林の尾根の踏跡を暫らく行くと、また遊歩道に出る。


         談古嶺から壇ノ浦と五剣山                     北嶺の遊歩道を遊鶴亭へ

陽気に育まれてかこの時期ツツジが花を着けている。遊歩道に出ると鑑真和上が建てたと言い伝えのある千間堂跡に着く。小さな池と広場があって休憩所となっている。ここから道は左右に分かれて北嶺のピークを巻いて行く。南側の遊歩道を進んで行くと 「魚見台跡」 があって、眼下に瀬戸内の島々と高松市街方面が眺望できる。眺めの良いこの高台からは海を見下ろして魚影を探し、沖の漁師にその位置を知らせたと言われている。


            広い千間堂跡                         魚見台跡からの眺望

ウバメガシのトンネルの下を通って行くと、東側を巻いて来た道との合流点に出る。ここから少し下って行くと展望所 「遊鶴亭」 に到着する。北嶺の最北端にあって屋島三大展望所の一つである。ここからは東の五剣山から西の高松市街まで瀬戸内海を 320度眺望でき、小豆島や点々と浮かぶ島々の風景に飽き足らない所である。暫らく美しい眺望を楽しもう。


                    游鶴亭展望所からは備讃瀬戸が広がる

ここから下った北端の長崎鼻まで行きたいが、時間が無いので引き返すことにした。帰りは北嶺の東側のコースをとる。この山は温暖な海洋性気候に恵まれて、常緑樹のウバメガシが多く他にトショウ、ネズミモチ、シシガシラ、サカキなども見られる。北嶺一周は4キロあまり、駐車場のある南嶺まで帰り着くと、心地よい疲労感が感じられた屋島登山であった。


           屋島北端の長崎鼻                        獅子の霊巌から北嶺

《コースタイム》 登山口 35分→屋島寺 5分→獅子の霊厳 15分→談古嶺 25分→千間堂跡
          10分→遊鶴亭 50分→屋島寺 20分→登山口  歩行時間 約 2 時間40分
          駐車場 登山口の路肩に 登山道 整備されている  難易度  @2345
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