四国山岳紀行 No185-991216 五剣山(ごけんざん) 375m △4(五剣山)
                               香川県高松市 地図 五剣山(南西)  山岳紀行トップヘ


          岩峰を連ねる五剣山                         本坊からの五剣山

五剣山は香川県高松市庵治町と牟礼町の境にあり、五つの剣を並べたような岩山がある所から五剣山と呼ばれている。八合目には四国八十八ケ所霊場85番の 「八栗寺」 があることから八栗山とも呼ばれている。西から一の峰、二の峰と続き東端の五の峰は宝永4年(1707)の大地震で崩壊して平になっている。最高点は二の峰の366mである。山は寺の所有で現在落石の危険箇所が数多くあり、また転落事故が何件か発生していて、現在は入山禁止となっている。

八栗寺の境内は広く本堂横に聖天堂があって歓喜天が祀られ、その東側には大師堂や多宝塔が並ぶ。歓喜天はインドにおいて「ガネーシャ」と呼ばれ、頭は象で身体が人間の男女二像の和合神で、人の歓を喜とする天尊であり、人々の災を除き、福徳財宝を授け、商売繁盛の守り本尊とされている。八栗寺は淳和天皇の天長六年、弘法大師によって開かれた。弘法大師は、精神を集中して虚空蔵求聞持の法を勧修された。


             八栗寺の朱塗りの多宝塔と右は聖天堂、本堂は聖天堂の右側にある

すると7日目に明星が来影し、37日目に至って利剣五柄が空から降って来た。この五剣を山頂に埋めたから、五剣山と号するようになったと言われる。寺は天正11年(1583)長宗我部の戦火で焼け、本堂は初代高松藩主松平頼豊によって再建された。ここはもともと修験道のお寺で、五剣山の山頂からはその昔、摂津、淡路、備中、播磨、備前、伊予、讃岐、阿波の四方八国を見渡すことができるので、以前は八国寺と呼ばれていた。


                       大師堂付近から見た五の峰

弘法大師が唐へ留学される時、仏教を学ぶ念願が叶うかどうかを試すために、八個の焼き栗をこの山に埋めた。芽が出ないはずの焼き栗を植えた大師の仏教を求める真剣な気持ちが通じたのか、仏教を学ばれて無事帰国、再びこの地を訪れたとき、見事に栗は成長していた。このようなことから、この寺は八栗寺と呼ばれるようになったと言われている。


                  左から一の峰、二の峰、三の峰、四の峰、五の峰

寺から見上げる五剣山は覆い被さるように頭上に迫っている。右から崩壊した五の峰、そして屹立する四の峰、小さい三の峰、最高点の二の峰、そして西端の一の峰へと続く。本坊から眺めた五剣山の全容である。多宝塔の横から登って行くと、岩壁の下に祀られた石仏の下に着く。辺りは異空間の霊気が漂い結界に入って行く。


        五の峰と四の峰のコルへの登り                 異空間の岩場の下を潜って行く

岩壁の下の半空洞になった所を潜り抜けると、崖に垂直に懸けられた二段の鉄の梯子が五の峰と四の峰のコルまで、見上げるほど高く延びており身が引き締まる。梯子を登ると細い岩尾根になっており四の峰へと向かう。再び頭上から長い梯子の懸かった崖の下に着く。岩の下には石仏が数体安置してあり、小さなお堂には 「泉聖天」 が祀られている。


          垂直に近い梯子の登り                      群生するシダ科のヒトツバ

ほぼ垂直に近い梯子を登ると右に迂回して進んで行く。足元にはヒトツバの群生が素晴らしい。右側は断崖になっているが金網が張られているので危険なことは無い。岩場の北側に回りこんだ所で岩場の登りとなる。新しいロープが懸けられて万全である。



                         岩場を登って四の峰へ

そこから再び梯子とロープを繰り返しながら登って行くと東に視界が開け、五の峰が眼下になり手前に広がる樹海の向こうに、志度湾に浮かぶ養殖たて網が光り、眼下に高度感のある眺望が広がる。



                         手ごわい四の峰の登り

岩峰を登り切って四の峰の頂上に着く。修験道の山に相応しく不動明王を始めとする神々が祀られている。周辺はウバメガシなどの林に遮られて眺望はないが、少し北側に回りこむと眼下に庵治町の街並み、牟礼湾から小豆島にかけての展望が開ける。



           四の峰からの北望                         四の峰頂上の祠

ここから西に少し下って北に回りこみ、次の第三の峰へは権木の中の細い痩せ尾根を進んで行くと、間もなく第三の峰に着く。途中に 「心をあらい心をみがくへんろ道」 と書かれた札が吊るされていた。登山も人生もこの言葉をかみしめながら歩いて行きたいものだ。


         四の峰から三の峰に向かう                   眼下に庵治町の大池と龍王山

北側の眼下には樹木の間から庵治町の龍王山や大池が見えている。第三のピークには石仏が二基あり、真ん中には白滝大権現が安置されている。第三のピークから第二のピークのコルまでは南面が崩壊しており、ロープを頼りにコルまで下る。滑り落ちないよう少しの間だが緊張する場所だ。


        崩壊した三の峰と二の峰のコル                    最高点の二の峰頂上

コルの鉄板を渡ると第二のピークに取り付く。所々木立の間から屋島が顔を覗かす。最高点の第二のピークには多くの石仏や祠、流れ屋根の立派な社が二つ建ち、金剛蔵王権現が祀られて幟が掲げられており、もう一つの社は以空上人の祠が祀られている。その後ろにはひっそりと地元山岳会の山名標識が立てられている。ここから最後の第一のピークに向かう。


                          最高点の二の峰に立つ

龍王社のある小ピークを過ぎて衝立岩の側を通り抜けると第一のピークに着く。ここには八大龍王と刻まれた大きな石碑と祠が有り、そこを過ぎると五剣山の西端で一気に眺望が開ける。眼前には高松市街、壇ノ浦を挟んで屋島、瀬戸に浮かぶ島々の長閑な風景が広がる。五剣山の三角点はここから10m ほど少し西に下った所にある。


            衝立岩から一の峰へ                     岩と木の根の間を潜る

ここから先は周りは断崖絶壁となって深く落ち込んでいる地の果てである。滑り落ちると空中に放り出され虚空の人となる。下りは少し引き返して第一と第二のピークのコルから、梯子を伝わって左へ下って行くと断崖の下に祀られた祠の所に着く。見上げると今にも崩れ落ちそうな岩塊が頭上に迫る。


                     奇岩の下には神々の祠が祀られている

ここから更に左へ下って行くと中将坊拝殿の前に下り立つ。祭神は天狗で、金毘羅山の金剛坊、白峰山の相模坊とともに讃岐三大天狗の一つであり、疑心を持った者がこの山に登ると、天狗の怒りに触れて崖から投げ飛ばされると言う伝説ある神々の山である。


                        一の峰の端から南の眺望

《コースタイム》 多宝塔 10分→コル 20分→四の峰 5分→三の峰 10分→二の峰 10分→一の峰
          35分→中将坊  歩行時間 約 1 時間30分 難易度 123C5
          駐車場 寺裏口の路肩 登山道 整備されているが険所有り
          注意  現在は寺側からの登山は落石危険のため入山禁止となっている
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