四国山岳紀行 No104-961126 御在所山(ございしょやま) 1079m △3(五在所山)
                                高知県香美市 地図 奈呂(南東)  山岳紀行トップヘ


                      特微のある形で聳える御在所山

御在所山(1079m) は高知県香美市香北町の北東に聳え、その乳房にも似た特微のある山容はどこからでも目立つ。御在所山という山名は各地に見らけるが、どれもが貴人伝説や信仰対象の山であり、この山もその一つである。平教盛が安徳天皇を守護して阿波の祖谷を経てこの地に辿り着き、この地の大屋敷に居を構えたことから御在所山と呼ばれるようになったと云われる。


                      国道から橋を渡り217号線に入る

この山へは香北町根須で 国道195号線と分かれて、赤い橋を渡って県道 217号線に入り右に取る。それと判る御在所山が前方に近ずいて来る。途中美しい吉野ダム湖を右に見ながら、物部川の右岸を 6キロほど進むと、「大荒れの滝」という大きな案内板があり、梅久保への折り返し道が山側に上っている。道標に従い梅久保の集落を過ぎて、狭い谷沿いの道を暫らく行くと、御在所山が眼前に姿を現す。


                       吉野ダム湖の右岸を進んで行く

なおも進んで行くと「平家の里木馬茶屋」の看板の茶屋があり、茶屋の左手に「四国百山御在所山登り口」と書かれた道標があり、ここから登り始める。道標には往復 3.5時間とある。見上げると御在所山の稜線が目の上に大きく聳えている。ここから狭い車道を何回か折り返しながら、1 キロほど行くと終点に古い民家があり、手前に「四国百山御在所山登り口往復 3時間」と書かれた道標がある。



                       茶屋の側からアクセス道に入る

ここから沢に沿って平坦な道を進んで、間もなく沢を渡ると「五山所道」と刻まれた古い手槍石がある。ここから山腹を巻きながら植林帯の中を進んで行く。水は少ないが途中二箇所に水場がある。植林帯の中を30分ほど登るとぽっかり開けた平坦なコルに出る。広場の東側には盛り土が目に入る。昔ここで奉納相撲が行われた土俵の名残である。


                      登山口からは山頂が見えている

広場の周囲は桜の大木が天高く枝を広げ、神域の静けさを醸し出している。西側には立派な石の鳥居が立ち、鳥居は山頂の韮生山祇神社のもので、鳥居からは急な石段が遥か奥へと続いている。両側は樹齢二、三百年の杉の大木の並木が階段に沿って続いている。鳥居を潜ると両側に狛犬が睨みを利かせて突っ立っている。


          人工林の中の登りが続く                      鳥居の奥に石段が続く

その奥に石段と杉の並木が続く。神木であるのか手つかれず、枝を一杯に広げた杉の巨木は壮観である。杉並木の石段を登りつめると、樹高20m もある仲良く二本並んだ夫婦松に突き当たる。この松も樹齢 200年以上は経っているものと思われる巨木である。ここから道は平坦になり、洞穴の中に石仏を祀った大岩の前に着く。


          杉並木の石段が続く                        大岩の中に石仏が鎮座

つい最近までは大岩の下から湧水が流れ出していて、登山者のオアシスとなっていたが、周囲の原生林を伐採したためと思われるが、ここの水も涸れてしまったのは残念である。この辺りヒノキやカエデの大木が自然林を形成しており、新緑や紅葉時は見事である。大岩の横を登りつめると、ぽっかりと眼前に眺望が開け眼下に香北町の家並みや吉野ダム、山並の向こうに香美市山田町や高知市街がかすかに見えて、奥に太平洋が鈍く光っている。


         稜線の切り開けからの眺望                    見上げる急坂の尻見坂

この山の眺望の開けた随一の場所である。ベンチも置かれているので、これからの急登に備えて息を整えていこう。ここからいよいよ「尻見坂」と称する、急勾配の石段に取り付く。尻見坂とはよく名付けたものだと感心しながら、這い蹲るようにして登って行くほど急な石段である。そこを登りつめると、金峰神社と富久貴神社を合妃した祠を過ぎて、最後の石段にかかる。


                      石段脇には祠と石仏が鎮座する

石段は山頂に向かって気の遠くなるほど続いており、途中に小高い岩場に祀られた大日如来の祠がある。所々に石仏や手槍石などがあり、文久二年と刻まれた、今から 300年前と思われる狛犬などが鎮座して永代の歴史が偲ばれる。頂上への参道は依然胸突き八丁の急石段が続く。両側には石仏が置かれて、その一つに四国八十八霊場写所慶応四年と刻まれている。


            山頂付近の紅葉                         寄贈石が並ぶ石段

四国巡りには余りにも遠い山里故、里人はこのミニ八十八箇所で信仰を満たしていたようである。最後の石段を登り切って、御在所山と書かれた標識を見て水平道を行く。色着いたカエデの林の中に、もうすっかり葉を落としたブナが天高く冬の到来を告げていた。奥に鳥居が見えて来ると山頂は近い。鳥居を潜ると韮生山祇神社に着く。神社には安徳帝と平教盛が合祀されている。


                        立派な構えの韮生山祇神社                        

立派な社殿の前には寄贈石が並び、昔の人は車の通わないこの山頂まで、機材を運んで建てたものだと感心した。神社の裏には山頂を示す三角点があり、側に安徳帝に仕えた 147人を祀ったといわれる、石積みの塚が悲運の平家の歴史を物語っていた。山頂は木々が茂り見通しが利かないが、少し北側に行くと切り開けがあり、奥物部の山並が見渡せる。遠くに三嶺や天狗塚の山並、そしてその東奥に剣山が雲間に浮かぶ。


                     山頂にひっそりと従者の塚と三角点

下りは急な石段を滑らないように、気を引き締めて下ろう。登山口まで下りたら大荒れの滝へ寄ってみよう。落差 30mの滝は周囲の紅葉と相まって素晴らしい景観を見せている。源氏との戦いに敗れた平家一門は、安徳帝を護って密かに阿波から土佐に逃れ、この山の南面山麓の大屋敷に住んだという。帝に従した平教盛が亡くなり、この山に祀ったという数々の平家伝説を秘めた御在所山を後にした。


        山頂の切り開けからの眺望                    錦絵の中に映える大荒れの滝

《コースタイム》 茶屋登山口 15分→民家終点 30分→鳥居広場 20分→夫婦松 15分→尻見坂
          30分→頂上 20分→尻見坂 30分→鳥居広場 25分→民家終点 10分→茶屋登山口
          登山道 整備されている 歩行時間 3 時間15分 難易度 12B45
          駐車場 登山口にあり
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