四国山岳紀行 No085-950616 太龍寺山(たいりゅうじざん) 618m △無
                           徳島県阿南市/那賀町 地図 馬場(南西)  山岳紀行トップヘ


                        黒川方面から見た太龍寺山

徳島県阿南市では高い山である太龍寺山(618m)は、山頂近くに四国霊場24番札所の大龍寺があり、登山の対象よりも信仰の山として古くから知られており、かつて阿波路を巡るお遍路たちは、一に焼山、二にお鶴、三に太龍と、12番焼山寺、20番鶴林寺、そして太龍寺の三寺を難所の寺として掲げていた。今では車道が寺の門前まで整備され、太龍寺も全長2775m、101人乗りの日本屈指の規模を誇る大型ロープウェイが通じて難所の様相を一変した。


                          弥山(左)と太竜岳(右)

太龍寺山は太龍寺の南側に聳える標高618mの峰を弥山と呼ぶ。またその北側に聳える標高602mの峰を太竜岳と呼ぶ。旧登山口である黒川から 3キロほど走ると、駐車場に着く。舗装された参道を 1キロほど歩いて太龍寺に向かう。旧参道沿いには南北朝時代の丁石が11基残され、県の史跡に指定されている。舎心山の額を掲げた仁王門の仁王像は県内で最古のものといわれ、そこをくぐると太龍寺は近い。


                        四国霊場第24番札所太龍寺

境内に入ると六角経蔵、大師堂、求聞持堂、鐘楼門、本坊、護摩堂、大師が唐から持ち帰ったといわれる宝物を納めた多宝堂、堂々とした本堂などが建ち並ぶが、西の高野と呼ばれる典型的な山岳仏寺の佇まいである。境内には樹齢 800年を越すといわれる老杉が立ち並ぶ。また様々な高山植物が自生し、春はシャクナゲ、夏はアジサイ、秋はモミジ、冬はツバキと四季を通じて訪れる人々の心を和ませてくれる。


                    ロープウェイ乗場前から見た弥山と南舎心嶽

ロープウェイ乗場付近からは、谷を隔てて深い森に覆われた太龍寺山が眼前に聳える。手前には弘法大師が若き頃修業したといわれる、南舎心嶽の岩場が聳え立つ。ロープウェイ乗場前から、その南舎心嶽の側を通り、最高点の弥山を目指す。岩場の上には巨大な大師像が祀られており、そこに立つと眼下の谷は深く、吸い込まれそうな錯覚を感じる。また山並の向こうに阿南市方面が眺望できる。


                      南舎心嶽からの眺望と岩場の大師像

ここから南へ少し下ると道は二つに分かれる。左へ進んで稜線に取り付き、アカガシの茂る落ち葉の積もった天然林を、約500mほど登りつめると山頂に着く。頂上は平坦でススキが覆い茂り、周囲は天然林や杉の大木で眺望は利かない。岩の上に山名標識が一本あるだけで、ここが頂上であるということが辛うじて知れる。


                       分岐を左に向かい弥山に取り付く

この山域全体は杉などの植林帯であるが、山頂付近一帯は唯一つの広葉樹林帯の自然林として残されている。弘法大師が太龍寺山に登ったのは延暦11年(792) 19才の時といわれている。そして太龍嶽(舎心嶽)の上で百日間にわたり「虚空蔵求聞持法」を修法されたことは、大師24歳の時に著された「三教指帰」の中に「阿国太龍嶽にのぼりよじ土州室戸崎に勤念す 谷響を惜しまず明星来影す」と明記されている。


                          弥山頂上と山名板

太龍寺と室戸岬は青年期の大師の思想形成に重要な役割を果した修行地であることが伺われる。四国霊場のいずれもが空海伝説と深く結びついているが、この記述によって弘法大師が太龍寺山で修行した事実が明かされている。そんな歴史を思いながら太龍寺山を後にした。

《コースタイム》 駐車場 20分→仁王門 10分→太龍寺本堂 5分→ロープウェイ乗場 10分→南舎心嶽
          20分→太龍寺山 20分→太龍寺本堂 25分→駐車場 登山道 よく踏まれている 
          歩行時間 1 時間50分 難易度 1A345
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