四国山岳紀行 No067-941111 障子山(しょうじやま) 885m △1(障子山)
                          愛媛県伊予市/砥部町 地図 砥部(南西)  山岳紀行トップヘ

愛媛県砥部町の南にひと際高く形の良い山が目に付く。標高885mの障子山で砥部町の象徴的な山である。障子山へは伊予市と砥部町の境の峠へ、県道大平砥部線から分かれて鵜ノ崎地区に出る。峠には「皿ヶ峰連峰県立自然公園障子山」と記された大きな案内板の所から、林道に入り、林道の終点から登り始める。


                       砥部町の奥に聳える障子山

稜線まで植林の中の足元の悪い急坂が 1 時間あまり続く。稜線に出るまでは胸突きの急坂はこの山の特徴である。林道はすぐ舗装が切れて障子山の東側を迂回しながら 1キロあまり進むと林道の終点である登山口に着く。道標は無いが山側に登っている小道をつめて行く。後戻りしそうな胸突きの登山道を登って行くと間もなく植林帯に入る。


           峠から林道をつめる                    峠からの障子山

植林はよく手入れされており、その中の踏跡と赤いテープを辿って進んで行く。歩く人が少ないのか踏跡は稜線まで荒れており、急坂なので滑りやすく注意を要する。八合目辺りからは益々勾配が増して、足元がざらざらと後にスリップする。稜線はすぐ上に見えているのだが、見上げるような勾配でうんざりする。谷側は植林が切れて自然林の広葉が美しい。


                        きつい登りが稜線まで続く

稜線に出ると今までとは打って変わってなだらかな稜線歩きとなる。稜線は人工林と自然林が交互して、小さなアップダウンを繰り返しながら進んで行くと、稜線に出てから約20分ほどで一等三角点のある最高点の東峰に着く。途中幾つか迷いやすい所が有るが、踏跡を赤い目印のテープを辿っていけばよい。


                        人工林の奥に三角点がある

林の中の少し広くなった頂上らしき場所に出てためらうが、右にコースを取り、等間隔に植えられた植林の間を真直ぐ行けば頂上に出る。頂上はかなり広く平坦だが二三十年生の杉林で、三角点付近が少し開けて北に道後平野が僅かに望める程度である。昔はこの山は採草地として利用され、小学校の遠足などで親しまれていたが、戦後は植林されて訪れる人も少なくなったらしい。


         東峰頂上の一等三角点                      稜線で見かけたアブミの実

頂上からは見えなかったが障子山の北山腹に、白滝城跡というのが残っている。鵜の崎峠から約200m手前から左方へ約350m上ると白滝城跡がある。久万街道を望む要害の地で、標高は503mで山頂付近には三面の郭があり、その下三ヵ所に堀切がある。この城は鎌倉時代の源実朝が将軍のころ、河野氏の臣、越智氏が城主となり、次いで中村氏が継承。元弘の乱(1332)には幕府方で戦い、軍功により米湊・稲荷五百石を加増された。戦国時代の天正年間(1573〜1596年)は、中村主殿頭の居城であったと言われている。

長宗我部元親の軍勢が白滝城を兵糧攻めにした。城内で岩肌に米を滝のように流して欺こうとしたが、遂に飲料水が尽きて落城したという。障子山の名の由来は、隣接の伊予市辺りから見ると障子を立てたようだからという。また雪が降ると山の木が障子の格子のように見えて美しいだからともいう。江戸時代の大洲藩候が大戸と呼んだことから「大戸山」という別称がある。

《コースタイム》 林道終点登山口 50分→稜線 10分→頂上 40分→林道終点登山口  
          歩行時間 約 1 時間40分 難易度 123C5
          駐車場 登山口に2〜3台 登山道 きつい急登がある