四国山岳紀行 No053-940816 野根山(のねやま) 983m △3(岩佐)
                                高知県北川村 地図 入木(北西)   山岳紀行トッブヘ

                      蛇谷登山口から見た野根山の稜線

室戸の北方40キロに奈半利町から東洋町野根まで、野根山連山の尾根伝いに44キロの道のりの野根山街道がある。国司、調庸物搬出の道として開発され、約1270年前の昔、奈良時代の養老二年(718) に奈良の都と土佐国府を結ぶ官道として開設された。貞応元年(1222)幡多へ都落ちしていた土御門上皇が阿波に遷座の途中、野根山の清水を飲んだのが「岩佐の清水」と名付けられたと伝えられている。


          蛇谷登山口からの野根山                       若い植林された中を行く

天正年間には長宗我部元親が四国制覇進行の軍略路として通い、藩政時代は参勤交代の通行路となった。また幕末の激動には、中岡慎太郎をはじめ志士達の脱藩の道、二十三士動乱の道でもあった。そんな千余年の歴史を秘めた四国の道でもある。その野根山街道の中間にある野根山(983m)に登ることにした。国道 493号線から蛇谷林道に入り、左折して行くと登山口の標識がある。


           頂上付近は林が残されている                 ここまで来ると岩佐の広場は近い

若い植林の中を峰に向かって登って行く。見上げると稜線だけに杉の木立が残る。登山口から20分ほどで野根山街道と合流した。稜線は欝蒼とした杉木立で街道の崩れを防ぎ、且つ日陰を造るため藩政時代に、両側十五間を御留山として伐採を禁止したそうである。欝蒼とした杉林に入ると、県が建てた東屋と関所を模った岩佐の関所跡のある広場に着く。


           岩佐の関所跡でひと休憩                      野根山街道の稜線道

藩政時代ここは岩佐村と呼ばれる戸数15軒の村落があって、関所として街道の要塞でもあった。広場は二段に別れ岩佐旧関所、関主木下家跡などの石碑や案内板がある。野根山へはここから左へ30分程の行程である。頂上への登山道は途中荒れていてルートを外しやすいが、忠実に尾根筋を最高点を目指して行くとよい。


         官道の分岐点から頂上へ                     稜線は御留山の杉林が残る 

スズタケの中を抜けると尾根筋にはよく手入れされた杉が残り、両側斜面は伐採されている。そんな中を頂上目指して進む。登山口から歩き始めて 1 時間ほどで野根山頂上に着く。こんもりとした山頂には三等三角点と山名標識が立っている。南の眼下には奈半利の漁港が小さく見えている。


         三角点にて登頂記念撮影                     登山口の蛇谷林道へと下る

記念撮影をして往路を下山する。斜面には伐採された跡の切り株が一面に異様な景観を醸し出している。この山肌が緑の森林に戻るのは何年かかるだろうか。そんな事を思いながら歴史と伝説の野根山を下って行った。

《コースタイム》 登山口 20分→関所跡 30分→頂上 25分→関所跡 15分→登山口
           駐車場 無 登山口路肩に 登山道 少し荒れている 歩行時間 約 1 時間30分 
           難易度 1A345
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