四国山岳紀行 No050-940610 楢原山(ならばらさん) 1041m △4(奈良原)
                                愛媛県今治市 地図 鈍川(南東)  山岳紀行トップヘ


                      樹林に覆われた楢原山と子持ち杉

楢原山(1041m) は鈍川渓谷沿いに 5キロほど行ったところに、左にアメゴ釣りセンターを見て右に入る林道の入り口に、楢原山登山口の大きな案内板がある。そこから林道を 8キロほどつめると登山口である。


                       鈍川渓谷を遡り林道に入る

林道は途中で舗装が切れて落石箇所があるので注意を要する。林道終点300m手前に登山口がある。(現在は林道が奥の登山口まで延びている) 車を置いて広い尾根道を約 1キロ行くと頂上に着く。


                        林道途中にある登山口

登山道は植林帯の中を行くが間もなく天然林となる。林床にはこの時期に咲くガクウツギやモミジイチゴが沢山の実をつけている。天然林はハリギリ、イヌシデ、カエデ、ホウノキなど、またツルアジサイやヤマボウシなどの珍しいものもあり、種類も豊富である。


            モミジイチゴ                           広い登山道が続く

傾斜が増して頂上が近くなってくると、落葉樹に混じって杉の大木が多くなってくる。所々に伐採された跡の朽ちかけた巨大な切り株が残っている。胴回り数メートルはあろうか、朽果てた巨大な杉の残骸に落葉樹が根を下ろし蔦が絡み付いている。初代子持杉の残骸である。近くには二代目の県天然記念物になっている大きな子持杉が天高く成長している。


                     初代子持杉の残骸と二代目子持ち杉

花崗岩砂礫の急坂を登りつめると、巨木に囲まれた楢原神社跡の頂上に着く。頂上の神社跡には「奈良原神社本社跡」と刻まれた石碑が立ち、側には神社の建物の基礎が残されていた。側の小高くなった所には一対の狛犬が経塚の祠を護っている。


                       山頂の経塚跡と神社跡の石碑

昭和九年氏子達が境内を掃除中に、経塚の一部を見つけ発掘調査をしたところ、埋もれていた瓶の中から銅宝塔や鏡、扇などの埋蔵品が出土。建徳二年(1371)南北朝時代のものと判り(詳しくは四国山岳紀行No201を参照) 出土品一式は国宝に指定され、現在麓の玉川美術館に保管されている。


          花に集うモンシロチョウ                      現在この辺りは駐車場

この山の歴史は玉川町史によると、朱鳥四年(689) に役行者が開山したのが始まりで、修験道の行場として栄え、末寺を合わせて48人もの常住僧がいたという。また南北朝の争いで玉川の里に逃れて来た長慶天皇が、楢原山に潜み隠れ、不遇の最期を遂げたという。奈良原神社にはその長慶天皇が合祀されている。そんな伝説を秘めて経塚跡がひっそりと建っていた。


                       老杉が歴史を見つめている

栄枯衰勢の歴史を見つめてきたのは、何百年も生きて来た周囲の大木だけが知っていることだろう。何百年の歴代の営み、今は地元の人々は山から去ったが、頂上に建つ記念碑は歴代後の世の人々に、この山の歴史が語り継がれるであろう。そんな事を思いながら歴史と伝説の楢原山を後にした。この山の三角点は頂上から北北西約 1キロの標高915mの尾根上にある。  次の楢原山に行く

《コースタイム》 鈍川温泉 10分(車)→林道入口 20分(車)→登山口 20分→頂上 15分→登山口
          駐車場 林道終点 登山道 整備されている 歩行時間 約 35分 難易度 1A345
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