小仙丈岳から見た北岳                         飯場小屋で夕餉の宴

8月14日。広河原登山口に着いたが、土砂降りの雨でテントも張れず、途中で見つけておいた飯場小屋まで引き返し今夜はここで宿を借りることにした。小屋は10畳ほどの畳敷がしてあり、しばらく使用していないのか少々埃があったがシートを敷けば上等のお宿となる。外は相変わらず強い雨である。屋根から落ちる雨水を貯めて夕飯の支度をして小屋の中での宴が始る。買っておいた地酒の美味しいこと。登山口でテント泊まりをしている人のことを思えば、この雨の中、天国である。明日の天候の回復を祈りつつ眠りにつく。


           野呂川に架かる吊橋                          大樺沢沿いに進む

翌朝8月15日、曇り。雨はあがっていた。外に出ると清々しい空気に触れる。簡単な朝食を済ませて早々に登山口に向かう。道脇の駐車場に車を置いて荷物を配分して出発する。北岳での幕営があるためにどうしても荷物が嵩む。一人づつ背負う荷物は20キロから30キロ余り、これから6時間余りの登りは私達にとってはきつい荷物である。山梨県芦安村広河原登山口からいよいよ日本第二の高峰、北岳への挑戦が始る。ずっしりと肩にくいこむ荷物、「重いぞ、えんかい」 「何とか行けるわい」 そんな会話を交わしながら出発する。


                        登山道脇に咲くソバナなどの花

私達はこの広河原から野呂川の吊り橋を渡り、大樺沢を詰めて雪渓を登り、八本歯のコルを経て北岳山荘横の幕営地に至るコースをとる。吊り橋の下は昨日の雨で増水した野呂川がごうごうと音を立てて流れている。吊り橋を渡って登山口ヒュッテ前から森林の中の登山道に入る。ところどころ小沢から溢れた水が川のようになって登山道を流れている。そんな中のじぐざぐの登りがしばらく続く。黙々と1時間ほど登っただろうか、視界が開けた所で一本立てる。重い荷物に少し面々に疲労が感じられるが、道脇に咲く可憐な草花が疲れを癒してくれる。


            ホトトギスの一種                              ホタルブクロ

ミヤマトウキ、クサボタン、ウバユリの白い花やソバナの青い花が目に優しい。大きな荷物を背負って登る私達を見て、「すごいポッカーですね」 とすれ違うハイカー達から励ましの声がかかる。やがて登山道は大樺沢ぞいを行くようになる。増水した水が勢いよく流れ下って行く。流されてきた原生林の大木がいくつも折り重なって川床に横たわり、増水したときの水の力の凄さまじさが感じられる。山は自然の険しさがあり、また片方では優しさがある。静と動との自然の世界。そんな光景の中を登山道は沢づたいに続く。ヤマホタルブクロ、グンナイフウロの紫の花、トリカブト、ソバナの青い花、キオン、ヤマカラシ、オトギリソウの黄色い花。道脇に咲く色とりどりの花、四国では見られない草花が競い咲き私達の目を楽しませてくれる。そんな中を黙々と登って行く。


                         崩壊場所を捲いて沢を渡る

やがて転石の多い沢に行き当たると、右側からの崩壊地の落石が沢を埋めて、その間を水がごうごうと流れ下る。上に丸木橋が架かり対岸へ渡してある。これより先は落石の危険を避けるため、対岸につけられた捲き道を迂回していくようになっている。恐る恐る丸木橋を渡り、対岸につけられた悪い踏み跡をしばらく進み、また沢に下りて水かさの多い転石を渡って元の登山道に戻るようになっている。ごうごうと流れる沢の転石の上を慎重に渡り終えた所で小休止して、体調を整えて出発する。見上げる大樺沢の雪渓はうんざりするほど遠くに続いている。


                        大樺沢雪渓と二俣にある道標

やっと雪渓の入り口に到着する。大きな葉のオオバエンレイソウやタカネザクラが私達を迎えてくれた。ここで一本立てて雪渓の登りに備える。見上げると雪渓の上を蟻のように小さく見える人影がいくつも見えている。奥に遠く八本歯のコルが鋭利な峰を並べている。登山口より3時間かかって白根御池小屋と八本歯の分岐点である二俣に着く。ここでしばらく小休止する。雪渓の上には北岳の岩峰が聳え、周りにはグンナイフウロやミヤマハナシノブの青い花が多く咲いている。休憩ポイントには最高の場所である。ここから雪渓が二つに分かれており。八本歯に延びている左の雪渓を行く。右からの雪渓を横切り、ここから本沢の長い雪渓の登りにかかる。



雪渓はよくしまっていて歩きやすいが、反面滑りやすく、キックステップで一歩一歩注意して足を運ぶ。緊張の中で汗ばんだ体にひゃりとした冷たい空気が吹き抜けて心地よい。雪渓と巻き道のアップダウンを繰り返しながら大樺沢の雪渓を詰めて行く。八本歯のコルが正面に見えているがなかなか近ずいて来ない。うんざりするような長い雪渓歩きが続く。高度を稼ぐほどに振り返ると、谷を隔てて聳える雪を冠ったような鳳凰三山が次第に低くなっていく。2時間近く雪渓の上を歩いただろうか、うんざりするような雪渓歩きにアゴを出して休憩時間がしだいに多くなる。


                     やっと登りつめた雪渓の端でソーメンを湯がく

午前11時、やっと大樺雪渓を登り詰める。ここで雪解けの沢の水を汲み、ソーメンを茹でて昼食をとる。雪解けの冷たい水でさらしたソーメンの味は格別である。右に北岳バットレスの岩峰を見ながら、八本歯のコルへの登りにかかる。登山道脇にはミヤマキンポウゲ、カラマツソウ、ヨツバシオガマなどが風に揺れる。見上げるバットレスの岩場の上には黄色のジュウタンを敷きつめたようにお花畑が広がっている。ミヤマキンポウゲの群落だろうか。空は青く晴れ渡り、雄大なバットレスの岩峰が重なるように聳え立つ。胸突き坂の木の梯子をいくつか登りつめると、正午ごろやっと八本歯のコルに着く。


            八本歯コルへの登り                          振り返ると鳳凰三山         

コルに立ち、振り返ると谷を隔てて鳳凰三山の地藏岳、薬師岳、観音岳が大きく聳えている。反対側の南側は北岳に続く間ノ岳から農鳥岳への稜線が大きく迫っている。足元の岩の間には高山植物の花々が風に揺らぐ。コルから痩せ尾根を少し西に詰めると北岳の岩峰の登りとなる。この辺りから急に晴れていた空模様が怪しくなり始めたので、慌てて雨具を着込むとポツリポツリと降りだしてきた。少し風も加わり降ったり止んだりの天気となる。階段状に積み重なった大きな岩石の上を渡り歩きながら登って行くと、北岳の稜線から降りて来た道と、北岳山荘に通じるバイパスの合流点に出る辺りから風が強くなり、稜線に出ると凍えそうな冷たい風にうんざりしながら北岳小屋に向かう。さすが3000mの稜線の吹きつける風は夏といえど寒く冷たく手ごわい。午後2時、北岳小屋幕営地に到着する。


             北岳バットレス                           八本歯への梯子階段

時折り西から吹き下ろしてくる突風に悩まされながら、雨の中急いでテントを張り中に飛び込む。緊張がほぐれて面々に疲れが出たのか、雨と風で外に出られないので昼の4時ごろから、もうぐっすり寝込んでしまった。遭難して怪我をした人がいたのか、救援隊がタンカーで怪我人を運ぶワッショイ、ワッショイと言う声に目を覚ます。後で小屋で聞いたが、この日遭難が2件もあったそうだ。夜になって風雨がますます強くなり、定期的に間をおいてゴゥーと鳴る突風が激しくテントを揺さぶる。山荘に逃げ込んだパーティの軽くなったテントが、風に飛ばされて風船のように空中に舞う。山鳴りのようなゴゥーという風の音が聞こえてくると、台風並みの突風がテントを揺さぶる。テントの支柱が折れそうになるので、その都度反射的に支柱を手で支える。それにしても山の局地風というか凄まじい風である。


            谷を隔てて地蔵岳                          バットレスの岩塊群

8月16日。夜が明けだしたので外に出ると、雨は小降りになっていた。午前6時テントを早々に撤収して北岳山頂に向かう。稜線に出ると小石を飛ばしながら時折り吹き上げてくる突風に悩まされながら頂上へ向かう。頂上へ向かう道と、下りの分岐点にリュックをデポして頂上を目指す。大きな荷物を背負っていると突風で体ごと飛ばされるので、そのほうが安全である。またデポしたリュックも風に飛ばされるので岩陰に置き、重い石を乗せておいた。身軽になって突風を岩陰で避けたりしながら頂上を目指す。視界は20m位か、午前8時、やっと日本で二番目に高い北岳山頂3192mの頂上に立つ。山頂付近では悪天候のため撮影できなかったのが残念であった。


                         山頂は強風とガスで視界10m

天候は悪いが感激ひとしおである。寒いのですぐ来たコースを引き返し八本歯のコルまで下る。ここからは風も無く天候も穏やかになる。下りは早いが雪渓で足を滑らした。とっさにグリセードキックで踵で踏ん張ったが、それでも10m位滑り落ちた。ヒャーとした瞬間であった。雪渓を下り終わり、落石危険箇所を無事通過する。沢に架けられた捲き道への丸木橋は、昨日の雨で増水した水の下に隠れてしまっていた。午後1時、広河原登山口に下り立つ。雨で増水した野呂川は濁流がゴゥゴゥと凄まじい音を立てて流れていた。悪天候の北岳登山であったが、私達の登山暦のひとこまとして残るであろう。山よまた来るときは笑っておくれ !!  (1993.8.16)


            登山口付近から見た大樺沢                      野呂川の吊橋を渡り無事帰還

〔コースタイム〕 広河原登山口 3時間→二俣 2時間→八本歯コル 1時間30分 →北岳山荘 1時間30分
           →北岳山頂 1時間→八本歯コル 1時間30分→二俣  2時間→広河原登山口
           登り6時間 下り4時間30分 難易度 1234D
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紀行山岳日記 No043-930815 大樺沢を経て北岳へ 3193m △3(白根岳)
                            山梨県南アルプス市 地図 仙丈ヶ岳(南東)  山岳紀行トツプヘ