四国山岳紀行 No023-920505 堂ヶ森(どうがもり) 857m △2(堂ヶ森)
                       高知県四万十市/四万十町 地図  大用(北西)  山岳紀行トップヘ


                堂ヶ森の全容                     お堂まで300m地点

堂ヶ森という名の山は全国に多くあるが、ここは高知県西部の四万十町(旧十和村)と四万十市(旧中村市)との境にある堂ヶ森(857m)である。私達は中村から国道 439号線を北上して、宮田で国道から離れて内川川沿いに北上して竹屋敷方面に向かう。下竹屋敷から1キロほどで宮の下から掃除谷へ入って行く林道をつめて行くと山頂直下の駐車場に達する。この山は中村から上山郷(十和村大井川)へ通ずる峠道となったもので、山頂にお堂が建てられたことによって堂ヶ森と呼ばれるようになった。



             風景林の中の登山道                  新しく建て替えられたお堂

このお堂にお地蔵さんが安置されたのは旧暦の3月24日と伝えられている。今は新暦で5月5日として毎年麓の人達が集まってお祭りをしている。私達が訪れた時は偶然にもそのお祭りの日で、登山口の駐車場には駐車スペースを探すのに困るほど沢山の車が来ていた。駐車場からは雑木林の中の整備されたなだらかな道を、数百メートルも進むとお堂のある山頂広場に着く。



          お堂の中には石地蔵が三体                     大勢の参拝客で賑わう山頂

このお堂の歴史は随分古く約今から 500年前に遡る。説明版によると一条教房が応仁の乱を避けて京都から中村へ移り住んだ頃といわれている。一条公は中村を統治して、中村を中心として、東西南北に通ずる道路を開くことを考え、その一つとして中村から蕨岡〜竹屋敷〜上山郷の道路を着手。延長八里二十八丁の人馬道を完成させて、文明七年(1475)足摺岬金剛福寺の七地蔵の一体を拝受し、道路で一番高いこの山に安置したとある。新しく立て直されたお堂の中には、年代のお地蔵さんが三体安置されている。


             三角点で記念撮影                       山頂にある大きな標識

それにもまして大勢の人がこの人里はなれた、山頂の小さなお堂にこれだけ集まるということは、この地方の人々の信仰もさることながら、疎遠になりがちな現在の人と人との交流が、まだこの地方に残っているということは羨ましい限りである。大勢の人が輪になって鋤焼をしたり弁当を開いたりして楽しんでいた。私達にも兄さん一杯やって行け、食べて行けと言われて辞退するのに困ったほど温かい人達であった。私達は少し離れた林の中にある三角点で少し休憩をとった。周辺は堂ヶ森風景林として保護されているだけに、緑の美しい空間であった。記念撮影を済ませて今回最後の行程であるこの山を後にした。登って来たというより車でお参りして来たという感じの山であった。

《コースタイム》中村市下竹屋敷 30分(車)→登山口駐車場 10分→堂ヶ森 10分→登山口駐車場
         登山道 参道として整備されている 歩行時間 約20分 難易度 @2345
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