四国山岳紀行 No022-920505 篠山(ささやま) 1065m △2(篠山)
                       高知県宿毛市/愛媛県愛南町 地図  楠山(北西)  山岳紀行トップヘ


            ご来光 今日もよい天気だ                     登山口の駐車場で幕営

5月初旬ここは高知県宿毛市と愛媛県愛南町の境にある、篠山(1065m) の八合目にある町営の篠山荘の駐車場で私達は幕営した。朝食を済ましてこれから篠山の頂上に向かう。ここは標高790mで早朝の山の空気はさすがに清々しい。陽が昇り始める今日もよい天気だ。6時10分登頂開始である。駐車場のすぐ向かいが登山口になっており、階段状に整備された登山道を登って行く。すぐ上にはログハウスの休憩所が設けられている。


            上の登山口から見た篠山                     頂上まで急な階段が続く登り

篠山の頂上には篠山神社があり、昔から南予の名山として知られた山である。用命天皇の御宇(587) 開山してその後中絶したが、光孝天皇の御宇(884) から再び繁盛したと伝えられているが詳細は不明である。その後近世になって堂塔伽藍が建ち並び、両藩からの参拝客で賑わったが、明治初年の神仏分離によってその他の堂宇は廃棄され、山頂の神社だけが残った。自然石の石段を登って行くと杉の大木の残る観世音寺跡に着く。


              寺院跡の杉の巨木                    頂上直下の篠山神社

説明板によると天皇31代用命天皇の勅願所ありと言われ、天皇51代平城天皇の御代、大同元年(806) 弘法大師により、四国八十八ヶ所の番外札所として開山された由緒深き聖域であったという。明治元年神仏分離により廃寺となる。本尊十一面観音像、脇立不動尊像などの仏像は、麓の正木観喜光寺の権現堂に安置されている。古代より栄枯盛衰変貌の歴史を見守って来たとある。ここはこれらの寺のあった所。幾百年の風雪に晒された杉の巨木と、寺の代々住職のお墓が寂しくその歴史の名残を物語っていた。

頂上近くになるとさすが篠山という山の名のごとく、ミヤコサザが覆い茂る。狛犬を従えた石段が頂上直下の神社まで延びている。神社の裏手の頂上には予土国境を示す大きな標柱が立っている。南伊予国境、北土佐国境と刻まれている。この石碑建立の影には篠山をめぐって起きた、土佐藩と宇和島藩の壮絶な国境争いの歴史が秘められている。幕府体制で山頂は両国の支配となるのだが、紛争の決着を示したのが明治6年に立てられたこの石碑である。当時の両県知事が立会い稜線をもって境界と定めている。共有だった篠山神社はこの時から愛媛県側に属している。


              頂上の二等三角点                        美麗なアセビの新葉

期待して登って来たアケボノツツジが、今年はどういう訳か一輪も花を付けていない。昨年の台風の影響か、それとも異常気象の影響だろうか。篠山は愛媛県では一番南にある高山で、気象条件が違っているので特色のある植物景観が観察できる。篠山の山名となったミヤコザサやアケボノツツジの群落はよく知られているが、コウヤマキ、ハリモミ、ヒノキなどの巨木の姿も印象的である。ハリモミは山頂西側斜面に純林を形成していて、愛媛県では石鎚山と小田深山などに少し分布しているだけなので、石鎚山のシコクシラベ、大野ヶ原のブナの純林と共に愛媛県の三大天然林といわれている。頂上付近は信仰の聖域だっただけに最も自然景観が保たれているようである。そして私達は記念撮影を済ませて次の目的地の堂ヶ森へとへ向かった。

《コースタイム》駐車場 25分→寺跡 10分→頂上 25分→駐車場 登山道 整備されている 
         歩行時間 約1時間  難易度 1A345
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