四国山岳紀行 No018-910517 西赤石山(にしあかいしやま) 1626m △3(銅山)
                            愛媛県新居浜市 地図 別子銅山(南東)  山岳紀行トップヘ  


                       山頂付近を彩るアケボノツツジ

西赤石山(1626m) は新居浜市街の背後に聳えており、アケボノツツジの群生する山として近年人気を集めている。今回はそのアケボノツツジを期待して別子山側から登った。別子ダムの下の日浦登山口から、よく踏まれた道を旧別子銅山の史跡を見ながら銅山越えに着く。カッコウが遠くで鳴いているのが聞こえる。


                      新緑に映えるアカイシミツバツツジ

銅山越えから稜線道を少し行った所には、ミツバツツジが群生して咲いていて目を楽しませてくれる。この山の特産種でアカイシミツバツツジというそうだ。よく似たサイコクミツバツツジも混生している。やがて道は東山というピークに向かって登って行く。


                      サイコクミツバツツジとカラマツの新緑

背の低い白い石のように見えるコケの一種のシモフリゴケや、四国ではこの山だけに自生するツガザクラなどが多くなってくる。東山の頂上にかけては一面にツガザクラガ群生している。ツガザクラは本州の高山に見られるが、どうして四国のこの山に自生しているのかは謎である。



                         岩場に生えるツガザクラ

鉱山の精錬で禿山となり、他の樹木が育たなくなった跡地に激しい環境にしか生き残れない、このような植物が広がっていったという説もある。いずれにしても学術上貴重なツガザクラの群生である。カラマツの新緑を見ながら稜線を進んで行くと、前方に西赤石山のピークが見えて来る。



                       稜線の岩場からのアケボノツツジ

山頂北面はピンクに染まっている。アケボノツツジの群落である。途中岩場から北側を覗き見える場所がある。眼下は絶壁となっているので少し怖いが、西赤石山北面のアケボノツツジの群落が眼下に展望できる。更に稜線を進んで行くと岩場にかかるが、ここからはアケボノツツジを身近に見ながらの稜線歩きとなる。


                       青空に映えるアケボノツツジ

頂上が近ずいて来るとピンクに彩られた花の世界にうっとりするほどで、紙細工のような花弁が風に揺れて青空に映える様は筆舌し難いほど優美である。山頂に立つと眼下に別子ダムが光り、カラマツ林の新緑が映えてのどかな眺望である。今日は春霞で遠望は利かない。白いガスが北側から湧き上がってきたので下山に移る。


                      山頂の北面はアケボノツツジの群生

たちまちアケボノツツジも白いガスに覆われ始めて幻想的な世界となる。そんな中を下りながら一句捻ってみた。『 赤石の 山の岩より なお紅く あけぼの色に 山ツツジ 』 この山のアケボノツツジは5〜6年周期で花を多く咲かせるようである。今年は表年だったのか、期待通りアケボノツツジは満開の優美な姿で目を楽しませてくれた。

この山で動植物を愛しながら、登山道などを整備や遺跡の管理を兆年続けてきた人がある。銅山の倉庫を借り、銅山峰ヒュッテを設けて、登山者のために尽くしてこられた伊藤玉男さんが印象に残る。私が初めて東平を経由してこの山に登った。その時私は19才だったろうか、まだその当時は鉱山は稼働していた。

東平の住宅地を過ぎ間もなく洞門の前で、おじさんの人に「兄ちゃん山へ登るのかい、すまんがのうヒュッテの伊藤にこれを届けてくれまいか」と新聞紙でくるんだまだ温かい弁当を手渡された。馬の背経由の急坂はしんどかったが、小さく素朴なヒュッテで待っていた伊藤さんに無事届けられたことが、40年経った今でも思い出す。

その伊藤さんが山守りを貫き、のちに78才で亡くなられた。其の遺志は奥さんのミドリさん、次男の峰夫さんや地元登山家グループにバトンタッチされている。伊藤さんの残された著書を見ると、この赤石山と共に人生を過ごされた膨大な記録に誰もが感動するに違いない

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《コースタイム》 日浦登山口 1時間30分→銅山越え 30分→東山 1時間→西赤石山 1 時間15分→
          銅山越え 1 時間15分→日浦登山口  歩行時間 5 時間30分 難易度 12B45
          駐車場 登山口に有り 登山道 整備されている
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