紀行山岳日記 No012-890814 雨の中の鳥海山山行記 2230m △1(鳥海山) 
                秋田県仁賀保市/由利本荘市/山形県酒田市 地図 鳥海山(南西)  山岳紀行トツプヘ


       ガスで何も見えない七高山2230m山頂

吹浦スカイランンに入り、大平小屋まで行くも、自炊の水が無いので、さらに秋田県側にある鉾立山荘のある駐車場まで行く。夕方7時すぎ、辺りはもう暗くなりかけていた。ここは標高1150mの五合目、頂上より吹き降ろす風は肌寒く、砂塵を上げるほど強い。幕営する所を探すが、風を遮る場所を探すのに 時間を要した。幸いみやげ物センターの建物の西側にちょうど良い場所があったので、今夜はここにテントを張ることにした。幕営準備はできたが夕飯を炊くラジウスコンロが二基とも調子が悪く、暫らく火がついてもすぐ消えてしまう。二基とも着火が悪く、それに追い打ちするように風が火を消す。せっかく鍋に仕込んだご飯が、そんな具合だからなかなか炊けない。E氏持参のガスコンロだけが正常で、これにかけ替えて飯を炊いたが、コンロの火が強い風にあおられてすぐ消えてしまう。また火を点け直す。こんな具合だから、1時間半もかかって半煮えのホチホチご飯ができた。でも無いよりましである。テントの中でE氏のガスコンロで、すき焼きのおかずで、まずい飯も帳消しとなる。それにしても長い夕飯の支度だった。しかしテントの中での晩餐は実に楽しいひと時であった。

外に出ると、遥か下に見え隠れする灯りは象潟の街だろうか。山頂より吹き降ろす東よりの風は相変わらず強く、テントをバタバタとあおぐ。秋田放送のラジオの天気予報は、明日は曇り時々雨と報じていた。明日の天気は絶望的か。酒田市で逢ったM氏の岳友、A氏は、ここ何日も前から雨が降るという天気予報なのに、ずうっと降っていないので多分明日も大丈夫でしょう。と言ってくれたが…。8月14日、4時起床。辺りはまだ暗く風は止んでいた。頂上の方はガスって何も見えないが、下界の方はかすかに街の灯かりが見えていた。しばらくすると付近も薄くガスってきた。今日の天気はあまり良くないようだ。テントを撤収し、昨夜の残飯にすき焼きの残りのぶっかけ飯をかきこんで早々に出発することにした。ラジオの天気予報によると、今日の降水確率は50パーセントとか、あたりはすっかり明るくなり、視界は1キロ位か、この分だと登山に支障はない。しかし雨が降り出すといけないので、雨具と食料をリュックに詰め込み、不用な物は車において5時半頃そくさくと出発する。

頂上まで8km、時間にして登り4時間、下り3時間位か、登山口には登山記入用紙がポストに置かれて、各自記入するようになっている。リーダのM氏がまとめて記入、さあいよいよ登山開始である。しばらくセメントの階段が続き、それが終わると花崗岩を割った大きな敷石で登山道は固められてよく整備されている。そんな中を黙々と登って行く。四国では見たことのない草花が道脇の所々に咲いている。しばらく登ると展望台があって広い深い谷を見下ろすようになっている。鳥海山の山頂も見えるであろうに、スロープの上はガスって何も見えない。大きな水のない空滝も見えている。この辺りは標高千二三百メートル位か、早くも這松が周囲に生えており、さすが北よりにある山だなあと思った。そういった風景が私のビデオカメラの被写体となる。少々きついけれど、メンバーの先へ行ったり、後になったりしながら撮影する。上空はガスっているけれど視界は案外良く、遥か下方に今登って来た登山口の鉾立山荘の赤い屋根が小さく見え隠れしている。

2キロあまり登ると広々とした平らな盆地に出た。賽の河原とある。草原の中には川原状に岩がごろごろ点在していて、そんな中を登山道が縫うように進む。霧でも出てガスったら方向を失う所でもある。幸いにして視界は1K位か、頂上稜線はガスっていて何も見えない。標識がよく整備されているので余程の事がない限り迷うような事はないようだ。周囲の山肌には、緑の中に黄色いキスゲの花が群落を作っていて美しい。道脇には開花の終わったチングルマの穂が同じ方向に揃って風に揺れている。そんな中を1km位歩くと、左手の大きな台地の登りにかかる。御浜小屋への登りである。御浜小屋までの登りはしんどいが、それだけにぐんぐん高度を稼ぐ。周囲はクマザサの中にキスゲの群落でその疲れを癒してくれる。この辺りから天候が怪しくなり、ポツリポツリと雨が降り出した。慌ててビデオカメラをビニール袋に入れてリュックに収める。一同雨具を着終わると同時にザーと降り出した。私はナイロンのポンチョをリュックの上からすっぽり着て体を包んだ。このポンチョがこの後どれだけ役に立ったか計り知れない。私の身を守ってくれたのである。

急坂を登りつめると祠があって、トタン屋根の古びた小浜小屋が営業していた。雨の中なので小屋に入ることもできずそのまま通過する。小屋からは大きな岩がゴロゴロした台地がしばらく続く幅の広い尾根に出る。すぐ南下方には御浜池があるはずだがガスって見えない。岩の間には青い花のハクサンシャジンやチョウカイカブトなどの花が群落を作っている。しばらく進むと、火山特有の石のごろごろした火山礫の緩い下りになる。いわゆる八丁坂の下りである。八丁坂を下った所は平坦になっていて、ここに小屋があったのだろう朽果てた木材が散乱している。登山道はここでクロスしており、登山道は外輪山ルートと千蛇谷ルートとに別れる。七五三掛(しめかけ)別れと称する所である。私達はここから真直ぐに外輪山ルートの稜線を登って行く。クマザサやハイマツの中を進むので、下半身雨と露でびしょびしょになる。そのうち靴の中にもじわじわと水が入りだして、歩く度にピチャピチャと靴の中で合唱が始りだした。雨と風は益々強くなり、岩尾根の稜線に出ると吹き飛ばされそうになる。左側には所々に足元がポッカリ口を開けて深い断崖となって霧の中に消えている。多分火口に沿って稜線を登っているのだろうと想像する。

視界は10m位か雨と風は横殴りに吹き上げてくる。この辺りから一人の青年が私達と行動を共にしだした。つかず離れず私たちについてくる。体力が消耗してきて腹が減ったので、風の当らない岩陰で食事とするが、何せこの雨で座る場所もない。全身びしょ濡れで、立ったままでパンとトマトの丸かじりで元気をつける。一人の青年も同じ場所で弁当を片手に立ったままである。新潟から来たといっていたが途中で道を間違えて迷ったらしく、同行させて下さいと言う。ほんならついてこんな、私達も遠方から来たんであまりあてにならんきんどな、とE氏。七五三掛道を過ぎて岩場のある稜線に出ると、横殴りの風が益々強くなる。ポンチョは下から風であおられ、下半身はびしょ濡れである。この辺り標高2000m位か、気がつくとポンチョの外に露出している手先が紫色になり、しびれてしまっている。つねっても痛くないほど感覚がなくなっている。これはいけない、放っておくと凍傷である。体に手先を擦りつけながら血行を良くすると、しばらくすると元に戻るが、外に出ている手先はまたすぐしびれる。ポンチョの中に手を入れて、直接雨と風に当らないように片手づつ、そんなことを繰り返しながら何とかしのいだ。

幾つかの滑りやすい岩峰を巻いて登って行くが、足元は悪く慎重に岩場をトラバースする。尾根の稜線に出ると風雨が益々強く、時々突風となって砂や小石を巻き上げて顔に当たって痛い。風の来る方向に体を傾けていないとバランスを失うほどである。瞬間風速は20m以上もあろうか、気温12度として15mの風にさらされると、体感温度は零度以下に感じる。夏の山とはいえ、凍傷することもうなづける。吹き飛ばされそうな強い風に、時々体が反射的にしゃがみこむような感じになる。ここでもしビデオカメラで撮影していたら、凄い迫力であっただろうが、もしカメラに水や砂が入るとオシャカである。これから先の撮影もある。とにかく撮影どころではなかった。自分の体を守るのが精一杯である。

9時20分ごろ、4〜5mの鎖の架かった岩場を下ると、新山(鳥海山頂)への分岐点になっているらしいが、私達はそれを知らずに真直ぐ進むも、なかなか頂上らしき所に出くわさない。ガスの切れ間にボーとかすかにピークらしき所が見えては隠れるが、どこまで行けば頂上か見当がつかない。視界は10m位か、しばらく進むと少し高い岩峰に着いた。祠もある。七高山山頂(2230m)と記されているがここではないはずだ。前方にガスの中からまたピークらしきものがボーと現れてはすぐ消えるが、まだ向こうにも高い峰があるようなので少し進むことにするが、ここからはかなり下っており、これはおかしいとまたもとの七高山のピークに戻る。M氏は確か頂上に小屋があったというが不思議だ、おかしいと首をかしげている。本当の鳥海山の山頂はどこかいな。視界がきかないので全く見当がつかない。結局風雨の中、長居は無用ということで早々に引き上げることにした。

15分ほど来た稜線を引き返すと、鎖の架かった岩場の所から右手へ大きな岩場を巻いて下るようになっており、深く落ち込んだ谷へ岩場を鎖をつたって、ここから新山(鳥海山頂)へ行くようになっているらしいが、谷から物凄い風がごうごうと吹き上げており、雨で滑りやすく危険なため、ここはあきらめて来た道を下山することにした。稜線は相変わらず横殴りの強い雨と風に悩まされながら、滑りやすい岩場を巻きながら七五三掛を下ると風は少し弱まってきた。登りのときは見えなかったが、ガスの切れ間に右手の深い千蛇谷にスケールの大きい雪渓が姿を現す。その中を少人数のパーティが歩いているのが蟻の様に小さく見える。雪渓の側のキスゲの群落が黄色い縞模様を描き、雪渓の白いコントラストと、緑のコントラストに混じって美しい眺めである。つかのまにその美しい風景もガスでかき消されてしまった。

びしょ濡れになって七五三掛を下ると、コルの平らな窪地には水が溜まり、小さな池がいくつもできている。この辺りから八丁坂の登りまでは、両側に高山植物のお花畑がいたるところに群生している。ニッコウキスゲの黄色い花、チョウカイチングルマ、チョウカイフスマの白い花、チョウカイカブト、チョウカイツリガネニンジンの青い花など、咲き競うようにお花畑を造っているが、雨のため撮影もできずに残念である。美しいお花畑を横目にやり過ごしながら、八丁坂の登りにかかる。窪んだ登山道は川になってジャージャーと音を立てて雨水が流れる。そんな所を巻きながらガレ場の八丁坂を登りつめて行く。頭からびしょ濡れになった女の子のパーティが痛々しい。雨は相変わらず降り注いでいる。稜線のときのように強い風がないのが幸いだ。八丁坂を登りつめると御浜小屋に着いたが視界は2〜30mくらいか、小屋の周囲には雨水を貯めるタンクがぐるり置いてあって、この雨でどのタンクも満水してオーバフローしている。小屋の前で少し休憩して急坂を下るが、登山道は泥水の川と化し、石ころがゴトンゴトンと音を立てて流れている。

賽の河原に下ると雨も小降りになり風も止む。周囲の山肌は小滝が無数にできて、ゴゥゴゥと音を立てて賽の河原に流れ込んでいる。往きは全然水の無かった賽の河原は至る所に川が流れて、池ができてどんどん増水している。登山道は水没してしまって全く見当がつかなくなっている。あちこちの小高い小島になっている陸続きを探しながら、賽の河原を抜けて対岸の登山道に出たときは、賽の河原は大きな川となり、ゴゥゴゥと増水して流れている。もう少し遅かったら渡れなくなっていただろう。整備された石畳の登山道に出ると、ここからは鉾立登山口まで一直線の下りである。単調な硬い石畳の登山道を下るので、この辺りから足のすねが少し痛くなりだしたが、それでも急ピッチでどんどん下る。右手の谷は泥水の川となってゴゥゴゥと流れている。雨に濡れたキスゲの花がひときわ鮮やかに道端に咲いているのが印象的だ。少し立ち止まると、体中から湯気が立ち上っているのが感じられる。気温は17〜8度くらいか。この辺り標高1300mぐらいで夏とはいえ、小雨の中、立ち止まって休んでいると肌寒く感じる。

展望台のある所まで下ると、今日降った雨で往きには水の無かった空滝が、凄まじい瀑音を響かせて落差300mの二段の滝となって、深い谷に落ちている素晴らしい光景に出会う。小振りになっていた雨は、登山口の駐車場まで返るとまたふりうつすような凄い大降りになった。鉾立山荘の軒下に駆け込むも、とにかく7時間も雨の中の山行で全身びしょ濡れである。特に下半身はびしょびしょで歩くのを止めたら急に冷え込んできた。早く着替えなければいけないが、なにしろこのふりうつすような大雨で着替える場所もない。鉾立山荘へ風呂を使わせてもらおうとO氏らがかけ会いに行ったが、下山すればいい温泉がいくらでもあるので、そちらへ行って下さいと体裁よく断られたらしい。仕方がないので交代で車の中で着替えをする。びしょびしょの靴の中で一日泳いだ足は、真っ白にふやけてさらしたみたいになっている。ポンチョを脱ぐとワーと体から湯気が上がり、車のガラス窓はたちまち曇って、スッポンポンになっても外から見えないくらいである。このポンチョ一枚がどれだけ防水と保温の役目をしてくれたか計り知れない。これが無かったらまずあの風雨の中では体がもたなかっただろう。

着ている物は外からの雨の湿気と体から出る湿気でぐしゃぐしゃ、たちまち車内は物干し場と化した。気がつくとポケットの中の財布のお札もびしょびしょ。印刷のインクがにじんで夏目漱石や福沢諭吉の顔もあざができて涙を流して泣いている。これをどうやって乾かすか問題になった。とりあえず雑誌の中に一枚ずつ挟んで水分を吸収することにした。こんなことは始めてである。以後、山行のときはポケットの中の財布はビニール袋に入れて濡れないようにしている。ささいなことだがこのような経験がまた今後の山行にプラスになるようだ。山で雨にあっても、これほど下山まで長時間降られたのはめずらしい。後でわかったことだが、この日台風14号が北上していて、日本海に発生した寒冷前線が付近を通ったためだとわかった。横殴りの雨にたたかれ惨々とした山行だったが、真夏の8月の気候とはいえ、一つ間違えると凍傷にもつながる北の2000m級の山の厳しい自然環境に貴重な体験を得た山行であった。鳥海山よまた来るときは笑っておくれ! (1989.8.14)

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