紀行山岳日記 No010-660605 赤石本沢遡行 前赤石山 1677m
                   愛媛県四国中央市/新居浜市 地図 別子銅山(北東)  山岳紀行へ
                                        

新緑萌える初夏、私達は赤石の本沢を詰めて前赤石付近の稜線に出ようと計画しました。五良津の集落を過ぎ、崩れかかった奥マンポを潜り抜けて谷川の丸木橋を渡り、薄暗い杉林を通りながら途中東赤石への分岐を左に見て、雲ノ平へのコースを進みます。杉林を出てから暫らく行くと本沢に出ました。ここからいよいよ沢を遡って行きます。天気は良く水量は多くなく絶好のコンディションです。暫らく大きなゴロゴロした岩の上を左右に進んで行きます。ザァーという渓流の音が耳に突いて、相当大きな声で話をしなければ声が通じません。それだけに落差が大きいのか渓流の音が響きます。

 少し流れが静かになったと思ったら、5mほどのザラ滝に行き手を遮られましたが、傾斜が緩いので左岸を木の根に掴まりながら、難なく登り詰めると流れは緩やかになり、周囲の景色が開けて明るい渓流が続きます。暫らく進むと沢が左右に分かれてどちらに進むか検討する。とにかくどちらへ行ったらよいか、沢の状態をリーダーが確かめに行く。右側は30m程入った所に高さ15m位の垂直の大滝があり、左側は7〜8mの滝が二段構えで立ちはだかっており、滝の下は瀞になって滝つぼを抱えた始末の悪い所のようだ。

私達は右側の沢に入ることにしたが、15mの垂直の大滝は登れそうにも無いので、右側のブッシュを高巻きする。ブッシュの中は物凄く急峻で、権木や木の根を頼りに体を引き上げながら登って行く。滝の上に出て下を覗くと滝は真直ぐに落ち込み、下から見るよりも高く見える。こんな所から落ちたら命が無いだろう。滝の上からは平坦な沢が暫らく続く。ふと岩陰を見るとこの辺りに住んでいる動物の仕業だろうか、付近にカワガニの食べ残しの残骸が散らばっています。ここから沢は狭くなり両岸はゴルジュ帯となって、遡りは困難となる。

小滝が連続する中をはらはらしながら進んで行くと、今度は10m程の滝に直面する。滝の両側は草付きであるがつるつるしているので登れそうもない。私は右側のブッシュをどうにか高巻きして滝の上に出ると、15m程隔ててまた7〜8mの滝が二段構えで立ちはだかっていてうんざりする。K君はどうしてもこの滝を直登したいらしく、下で頑張っているが滑ってなかなか思うように行かない。私は補助的にザイルを下ろすと、頭から水を被りながら登って来た。どうやら全員滝の上に出た。ここからは再び沢は左右に分かれて、滝の上は廊下になり、その上にまた7〜8mの滝が行く手を遮るが、右に進んで手を取り足を支えあいながら、どうにか直登できた。

難所を過ぎると、今度は大きな石がゴロゴロした明るい川原状の広い沢となる。赤石本沢を遡行している間違いないようだと、一同リーダーの声に安心する。こういう所は渡渉するほど水が多くないので、大きな石の上をポンポンと快く渡って行きます。川原状の沢を詰めた所で昼食を取り、今までの緊張と疲労を取り戻す。この辺りの小石は銀が混じっているらしく、きらきら光った美しい石が散らばっているので、一つだけポケットに入れたが、惜しくも途中で落としてしまったようです。我々が岩石や植物マニアとなるなら、きっと素晴らしいものになるだろう。しかし皮肉にもそういう興味がないのは残念です。

さあこれからいよいよ沢詰めも佳境という所でしょうか。ますます落差が激しくなり、頭の上から赤石の峰が覆い被さるように近くになってきます。この辺りから沢は小枝に別れて、各峰々の鞍部に突き上げているようで、慎重に沢を選んで辿らないと何処へ出るか判らないので、一番大きな沢を択って進んで行きます。いよいよブッシュの森林帯になり、沢筋も薄暗く幅が狭くなって小滝が連続してきます。所々古木の倒れた原生林の苔の中を巻いたりしながら、登行を繰り返しながら進んで行く難所が続く。沢は階段状になって、頭から水を被らないと進めないような所もあり、一歩一歩岩壁にへばり付くようにして進みます。

暫らく登ってT君が足を滑らせて5mほど転落した。ハッとしたが幸いにも怪我はしなかった。高度が上がったせいか、森林帯はシャクナゲ林となり、高巻きしょうとすると、林立するシャクナゲの枝が邪魔になって思うように進めず、ややともすると沢から離れてしまいます。この遡りで問題なのは大滝を避けて、主流から離れての巻き道の判断です。大きい谷になると所々瀧や廊下になって、高さにして数百メートルも高巻きしなければいけない場合もあり、急流に沿って無理に岩伝いにトラバースする事は、非常に危険な場合が多い。私達はできるだけ沢から離れないようにブッシュの中を巻いて行きます。最後の美しさを保って咲いているシャクナゲの花が私達の慰めになります。

シャクナゲ林が終わると階段状の美しいザラメ滝となり高巻きが続くが、所々に現れる美しいザラメ滝が人知れずにあるのは惜しいようだ。ザーという音がチョロチョロという音に変わる頃には、沢はガレ場に変わって稜線もいよいよ近くなったという感じがして、一同ファイトが出てくる。ガラ場の石は次第に小さくなり、ややともすると足元から崩れ落ちそうで緊張の連続です。沢登りの場合、水が無くなってあと一息という最後の登りは、物凄く急なガレになっていて、どうにも登れないという場合が多いのです。私達も沢が終わって急なガレ場を登り始めました。

足元から小石がザラザラと落ち体ごと流されそうで、誰かの足元がぐらつく度に落石が心配です。石を落とすな危ないぞ! と下からブレークがかかります。こういうガレ場は石が浮いていて、手で掴むような権木が無く、石を掴むとそのまま石が抜けてしまって手がかりになりません。その度にバランスが崩れて幾度もヒャッとします。このような所では基礎的な岩登り、ガレ登りの技術が必要で案外危険な目に遭います。最後の急斜面のガレ場を慎重に越えてブッシュの所まで登ると一安心。このブッシュを登り詰めた所が稜線らしい。岩稜が頭の上に覆い被さって来るような感じです。

ブッシュに掴まりながら登って行くと、誰かが大きな岩洞を見つけたらしい。近づいてみると自然に出来たとは思えないほど、良く出来ている岩洞で一同歓声を上げた始末。楽に10人位はビバーグ出来るほど中が広い。稜線から少し下った所にあって、ブッシュで隠れているせいだろう。まだ誰も発見した事が無いようで、人が立ち入った形跡も無いようです。今後この岩洞を探すのは困難かもしれないが、この岩洞を発見出来たのも、この悪沢を遡って来た甲斐があったというものです。岩洞から50m程ブッシュを分けて登り詰めると、とうとう岩稜の重なる尾根に出ました。サーと快い涼風が吹き抜けます。ここは雲ノ原より2〜3百mほど東へ登り詰めた所らしい。

今登って来た沢筋を眼下に見ると、森林の間にまるで地図を描いたように、細い沢が幾重にも走っているのが見える。私達はどの沢を遡って来たのか、もはや余程注意して見ないと判らない程でした。この沢登りで感じたことは、パーティの行動がよく整っていた事で、各自手を貸しながら難所も頑張り通して、事故も無くスムーズに行動出来た事です。この沢は非常に変化に富み、大滝あり、河原あり、廊下ありと美しい景観を見せてくれました。何よりも自然観察の上に技術的に大きな収穫のあった事です。ただ私は記録係でなかったので、行程中の詳しい時間や地図をここに記せないのは残念です。未知の沢を遡り、遂に山頂に立ったこの感激に一同疲れも何処へやらといった表情でした。 (1966.6.5)

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