四国山岳紀行 No007-890528 西赤石山(にしあかいしやま) 1626m △3(銅山)
                            愛媛県新居浜市 地図 別子銅山(南東)  山岳紀行トップヘ


                  山頂付近と銅山峰から見た西赤石山(奥のピーク)

新居浜市と別子山村(平成15年新居浜市に編入合併)の境にある西赤石山(1626m) は、6月上旬にこの山だけに咲くツガザクラが満開になったというので撮影に向かった。頂上辺りはこの時期ミツバツツジの美しい所でもある。幾つかあるこの山の登山ルートのうち、別子山にある別子ダムの下の日浦から小足谷沿いに登ることにした。


                       登山口から広い山道を辿っていく

この辺りから、かっての元禄年間から昭和48年(1973)の閉山に至るまで、日立、足尾と共に日本の三大銅山として栄えた住友鉱山別子銅山跡がある。その歴史の跡が所々に案内板付きで残されていて興味深い。山道は繁栄の昔を偲ばれるゆったりとした幅で歩きよい。暫らく行くと赤いレンガの塀が現れる。ここは高官らの接待館跡で今は建物は残っていないが、塀から見て当時の豪華さが偲ばれる。


                       城壁のような石垣が残っている

ここから少し行くと学校跡がある。最盛期の生徒数は 300人、その隣には2000人収容の劇場跡がある。毎年上方の有名役者が訪れて歌舞伎などを上演していたそうで、当時の盛況さが偲ばれる。青石を10m 余り築いた住友病院の跡、それらの跡地に植えられた植林は、大きく成長して山は自然に帰りつつある。そこから少し進んで谷を渡ると、パイプから噴出している水場がある。


                      絶え間なく湧き出るダイヤモンド水

昭和25年頃、鉱脈のボウリング調査を行っていたところ、約80m の深さの所で地下水脈に当り、以来その水が絶え間なく湧き出ているという。ボーリングの際、削岩機の先に付いているダイヤのビットが、地下にそのまま取り残されたので、いつの間にかここを「ダイヤモンド水」と呼ぶようになったという。少し飲んでみたが大変美味しい水であった。


                     つり橋を渡ると赤茶けた岩が目に付く

小さな吊橋を渡り右手に進んで行くと、赤茶けた溶鉱炉の跡などが残っている。この辺りは鉱水から出た赤い錆が山肌や川底を染めて、錆を流したような赤茶けた色をしている。山深い中に目出度町という地名が残っている。この辺りは鉱山中心街であった。鉱夫達の住宅、分教場、病院、郵便局、役場、駐在所、料理屋などが並んで、繁華街となり一万数千人の人達の生活の場でもあった。今は山はすっかり自然に帰り、大山祗神社跡の石碑などが所々に取り残されているのが印象的だった。


                      神社跡と自然石に帰りつつある狛犬

当時の繁栄振りを偲びながら山道を登り詰めると銅山越えは近い。この辺り明治32年(1899)の台風では豪雨で山津波が起き、122戸が倒壊513人が死ぬという大惨事も起きている。対岸の小高い丘に石垣を積んだ要塞のような跡は「蘭塔場」ここは元禄7年(1694)の大火で焼死した 132人を祀った跡である。栄枯衰勢の跡を眼下に見ながら暫らく登るともう銅山越えである。


                     蘭塔場と落葉松のグリーンが映える

東の方にはこれから向かう西赤石山が大きく聳えている。峠から西赤石山の頂上までは幾つかのピークを越えながら、約1時間30分の行程である。北側の眼下にはこの鉱山で栄えた新居浜市街が手に取るように見えている。ここから上の尾根筋にはツガザクラが群生している。今は花の時期で小さな鈴を吊るしたような可憐な花が迎えてくれた。


                   岩場に咲くツガザクラと銅山越え奥に西赤石山

目指す西赤石山は幾つかの岩場を越えながら少しきつい登りが続くが、周囲の景色が素晴らしいので退屈しない。南には県境の山並、目を左に移すと東赤石山系の雄峰が聳える。ウグイスのさえずりを聞きながら、所々にミツバツツジの満開に出会う。周囲の緑とのコントラストが美しい。唐松林のソフトグリーンが目に優しく映えて、眼下に蒼く水を湛えた別子ダムが印象的だ。


                     アカイシミツバツツジが彩りを添える

途中の岩場からは今登って来た尾根筋の向こうに、平家平、チチ山、笹ヶ峰、遠くには石鎚山が見えている。北側には新居浜市街が眼下に広がるパノラマが展開する。山頂近くの岩場にもツガザクラが可憐な花を付けている。頂上からの眺望も良く、西に石鎚山系、東に東赤石山の岩峰、そして周囲にはミツバツツジが咲き競う。


        山頂から西のコルの奥に石鎚山                  山頂から東には東赤石山系

暫らく頂上からの雄大な眺望を楽しもう。ツツジとツガザクラの美しい山、日立、足尾と共に日本三大銅山だった別子銅山、明治初期ごろまでは、仲持と呼ばれる人々がこの銅山峰を越えて、別子側から新居浜へ掘り出した鉱石を背負って運んでいた。その坑道跡など数々の遺跡は、歴史の重さを感じ取れるだろう。

別子銅山は1690年に発見されて、1973年の閉山まで約65万トンを産出、貿易や近代化に寄与、住友家は関連事業を興して、新居浜を工業都市として発展させ、有数の財閥となった。しかし銅山繁栄の陰には、尊い犠牲となった人も多かった。そしてこの山を訪れる人々には、今は忘れられようとしている別子銅山の歴史を語り継いでほしいと思いながら、西赤石山を下って行った。


《コースタイム》 日浦登山口 20分→接待館跡 10分→劇場跡 15分→ダイヤモンド水 30分→
          目出度町 25分→銅山越 30分→東山 1時間→西赤石山 1 時間15分→銅山越え
          1時間15分→日浦登山口  歩行時間 5 時間40分 難易度 12B45
          駐車場 登山口に有り 登山道 整備されている  アケボノツツジの西赤石山へ
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